本誌独占/「中間決算」発表できない「ツルハ」順社長/イオン傘下で落城寸前!

イオン傘下入り後、ツルハHDに「所領」を安堵された御家人が続々と去った。落城寸前。

2025年4月号 BUSINESS

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2024年2月28日、イオンの傘下に下ることを発表したツルハホールディングス(HD)が揺れている。統合決定後に、会計監査人をイオンと同じトーマツに変更したところ、過年度分の財務諸表について、店舗の閉鎖などに備えた引当金が計上されていないことを問題視され、決算訂正を求められている。

続々と去る忠臣

ツルハHDの鶴羽社長は孤立無援だ

Photo:Jiji

ツルハHDは24年度の決算期末を従来の5月15日からイオンと同じ2月末に変更したものの、9.5カ月という変則決算の期末(25年2月末)を迎えてもなお、1月6日に提出期限を迎えた半期報告書(24年5月16日~11月15日)を示せずにいる。

イオン傘下入りが決まってから1年。創業家出身の社長、鶴羽順を支えてきた「重臣」たちは次々と要職から去った。「すでに、堀は埋め立てられてしまった。創業家連合で巨大グループを作り上げた、『鶴羽城』の落城は近い」(関係者)

経緯を振り返ろう。23年5月までに、ツルハHDの大株主に浮上した香港に本拠を置くアクティビスト、オアシス・マネジメントの攻勢にツルハHDは頭を抱えていた。オアシスはツルハHD株を12.84%まで取得し、ツルハHDの非効率な経営を徹底的に非難した。

8月10日の株主総会では会社提案とは別の取締役候補5人の選任を提案するなどして、経営を揺さぶった。ツルハHDは13.59%を保有して最大株主だったイオンの協力を得て、何とかオアシスの攻勢をしのいだ。

もっとも、このアクティビストとの攻防が結果的には、独立経営体としてのツルハHDの命脈を断つことになる。オアシスの保有株はイオンが取得。27年末までにイオンがツルハ株の50%以上を保有し、子会社化することが決まった。

その後、イオン側からはツルハHDの統合を従来の予定より2年早い今年末にも完了させたいとの発言も出始めている。表面上は海外での統合に必要な手続きの簡略化が理由だが、「イオンによるツルハHDの経営体制への不信感が大きい。統合後の経営効率化のために、早期の介入が必要と判断した」との見方が大勢だ。

ツルハはM&Aで規模を拡大したが、各地のドラッグストアの屋号は替えず、HDの傘下に入っても、運営子会社の実質的な支配は創業家が維持してきた。その代表格が千葉県鎌ケ谷市に本社を持つ「くすりの福太郎」。

07年にツルハHDの完全子会社になったが、創業家である小川家の小川久哉が実質的な経営トップを務め続ける。小川はツルハHDの取締役としてその後、M&Aの実務を仕切るようになる。15年にくすりの福太郎を舞台にした診療報酬請求を巡る不祥事が発覚。小川は福太郎社長とツルハHD取締役を共に辞任するが、福太郎社長にはわずか1年後に復帰。ツルハHD取締役にも3年後、何もなかったように復帰した。

09年にツルハHD子会社となった、松江市に本拠を置いていたウェルネス湖北の変遷も独特だ。15年に中国地方のツルハHD傘下にあった別の企業と合併し、運営会社名はツルハグループドラッグ&ファーマシー西日本というツルハ傘下の子会社らしい名称になったものの、「ドラッグストアウェルネス」の店舗屋号はそのまま残されている。

創業家の村上家からはウェルネス湖北の社長だった村上正一がツルハHDの取締役に名を連ねるだけでなく、ツルハグループドラッグ&ファーマシー西日本の設立後、長く社長に就いている。同じく創業家出身の村上誠はツルハの管理担当に抜擢され、以降広報やIR担当として長年、ツルハHDの顔役を担ってきた。

四国のレデイ薬局の三橋家、静岡の杏林堂薬局の渥美家も各運営子会社の事実上の決定権を持ちつづけ、店舗の屋号もそのまま維持されてきた。ある元グループ関係者はツルハHDの統治のあり方をこう表現する。「会長だった樹さん(鶴羽樹、現ツルハホールディングス顧問)を将軍とする御家人制度のような体制だった。樹さんに奉公し、代わりに、鶴羽家は『所領』を安堵する。一つの会社と言うよりも、樹さんをかついだ創業家連合のような体制だった」

株主の目が光る上場企業はホールディングスのみ。傘下入りした各地の運営子会社は創業家のワンマン経営が形を変えて続いた。株主の目の行き届かない創業家支配はオアシスも厳しく批判していた。

売上高が1兆円を超え、北海道最大の上場企業でありながら、創業家の論理が前面に出る経営が続いてきたツルハHD。機関投資家からは「大企業なのに、ナゾが多い会社」とも評されてきた。21年には筆頭株主のイオン会長である岡田元也が突如として、取締役を退任する。何があったのか。明確な証言はないものの、関係者は「イオンとあそこで亀裂が入ったことは間違いない」という。その後にオアシス騒ぎが起こり、最終的にイオン傘下に下ることになった。

歩む道はCFSと相似形

オアシスが去っても、新たな支配者がイオンとなったことで、ツルハHDのガバナンスは見直しが進んでいる。イオン傘下入り決定後の株主総会で鶴羽樹は会長を退いたほか、小川も取締役を降ろされた。10月には顔役の村上誠が「一身上の都合」としてひそかに社を去った。鶴羽樹の息子でツルハHD社長として残された鶴羽順を支えるはずの社長室も11月に廃止になった。「まだ、中間決算も発表できていないのは過去の経営の不備を次々と指摘されているからだろう。順は傑出した経営者ではない。『落城』は近いはずだ」(同)

かつて、イオンに反旗を翻した後に、資本の力で屈服させられた例として、07年にイオンの反対を押し切って、アインファーマシーズ(現アインHD)との経営統合を表明したCFSコーポレーションがある。

イオンを相手に派手にプロキシーファイトを展開し、敗北。TOBでイオン傘下入りが決まると、会長兼社長だった石田健二は全役職からの退任を迫られた。16年にウエルシアHD傘下のウエルシア薬局に吸収合併され消滅。子息の石田岳彦は現在もウエルシア薬局の副社長の座に据え置かれているが、経営の中枢にはなく、ほぼ業界団体での仕事が中心だ。

プロキシーファイトを構えたわけではないものの、岡田元也を追い出すという強硬路線から、傘下入りを余儀なくされたという意味で、CFSとツルハの軌跡は相似形だ。経営の自主権を奪われたあと、自らの身はどうなるのか。城主の運命も、まもなく決する。(敬称略)

   

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