「公僕」としての主体性を失い、消費者を無視する農協と族議員の下請組織に堕落した!
2025年4月号 BUSINESS
下請組織に堕した農水省(東京・霞が関)
霞が関の劣化が言われて久しいが、最近の農水省の惨状は目を覆いたくなるほどである。安倍内閣の時代に農政改革を強力に進めていた農水省とは、まるで別の官庁だ。
米は日本人の主食である。その米が、昨年夏にスーパーの店頭から1~2か月も消えたにもかかわらず、100万トンもある備蓄米を放出せず、それによって適正な価格転嫁を超えた異常な価格高騰を作り上げた。半年もたってから、米が流通段階に滞留しているとして、備蓄米の放出を決定するというバカさ加減だ。放出しないよりはした方がよいが、今さら焼け石に水だし、放出の仕方も問題だ。
これに関する農水省の説明もひどい。昨年夏は「2023年産は不作ではないのだから備蓄米の放出はできない」「2024年産米が出回れば価格は落ち着く」という説明だったが、嘘八百だったことは明らかだ。
2月に備蓄米放出を決定したときは、「農協系の集荷数量が前年より21万トン減少しており、この分は流通業者が滞留しているはず」「だから、備蓄米を農協系などの集荷業者に放出する」と言った。しかし、今や日本農業の主流となっている大規模農業者は、自分で直接販売した方が有利なので、農協系の集荷数量は年々減少しているのである。その減少分を流通業者が滞留しているという説明は、米価高騰の責任を流通業者に転嫁するためのでっちあげだ。しかも放出先は、米が集まらず売り物がなくて困っている農協系の集荷業者であり、これでは農協対策である。
「農林族のドン」江藤拓農相(大臣記者会見録画より)
そもそも、昨年夏の失敗の背景にあるのは、農協組織とそれをバックにした自民党農林族の圧力だ。農協組織は、輸出などの販売努力を一切せずに、生産調整によって供給量を絞ることで米価を維持することしか考えず、価格低下を招く備蓄米の放出には反対する。江藤拓農相は放出に当たって「胃に穴があくほど悩んだ」と発言したが、それは彼が森山裕幹事長と並ぶ農林族のドンだから。農水省が消費者のことを考えもせずに、農協・農林族の圧力に屈した結果が、この米価高騰なのだ。
昨年春には、「食料安全保障の強化」を謳い文句に、農業基本法の改正が行われ、「食料供給困難事態対策法」という新法まで制定された。その直後に、スーパーから米が消えるのだから、でたらめである。法律をいくら作っても、消費者のことを考えてきちんと運用しなければ何の意味もない。従前からあった備蓄米制度すら運用できない官庁が、食料供給困難事態に対処できるはずがない。
この基本法改正も、農協組織と農林族の圧力で行われたものである。安倍政権下の農政改革に不満を持つ農協組織は「大規模農業者でなく、農協の言うことを聞く小さい兼業農家を増やせ」「農協に改革を求めたりせずに、農協のやることを国は黙って応援しろ」「価格転嫁は農協の仕事ではなく国の仕事だ」と主張し、農政改革を反転させようとした。
そして、農林族は、岸田総理の「新しい資本主義」「新自由主義からの脱却」というわけの分からないフレーズを都合よく解釈して、農協組織の望む法改正を農水省に要求し、農水省は唯々諾々と従ったのである。
安倍内閣が発足した当初、安倍総理・菅官房長官は、農水省を農協・農林族にしっぽを振るだけの無能官庁とみていた。そのため、官房長官は、農水省単独での説明は一切受け付けず、事務次官といえども、内閣官房の幹部職員が同席しなければ官房長官室には入れないという状況だった。当時次官だった皆川芳嗣氏は、官房長官のことを「怖い」と評していた。改革意欲がなければそう思うのは当然だろう。
その後、官邸に産業競争力会議や規制改革会議が設置され、農業政策についても改革を強力に進める態勢が整えられ、農水省内でもこれに呼応する改革派が主導権を握るようになり、農協改革法・農地バンク法・林業改革法・漁業改革法などが矢継ぎ早に法制化された。
これができたのは、安倍官邸が、政府側の体制整備だけでなく、自民党内の人事体制にも目配りをし、農林部会のインナーとして、林芳正氏、齋藤健氏、小泉進次郎氏らを投入し、族議員を強く牽制して、改革を推進できる体制を作っていたからである。
安倍内閣・菅内閣が終わり、政権の長期化自体を目的とする岸田内閣が誕生すると、官邸が改革のリーダーシップを執ることはなくなる。逆に、団体や族議員ともめることは長期政権の障害として厳禁とされ、農協組織や農林族議員のやりたい放題の状況が生まれる。
自民党の政治家は、防衛力を強化し、経済安全保障でも半導体産業を国際競争力のあるものにしようとするのに、食料安全保障になった途端に、農協の代弁者となって、農業の国際競争力の強化に反することばかり言うのである。
皆川芳嗣・元農水次官(農中総研フォーラムの動画より)
安倍内閣の間は、農協組織への農水省OBの天下りも固く禁止されていたが、次官OBの本川一善氏が全農に天下ったのを皮切りに再開され、現在は、皆川氏が農林中金の経営管理委員(農林中金の巨額損失発覚後に、理事長再任を決めた経営管理委員会のメンバー)となり、農協組織の用心棒となっている。
皆川氏は、農水省の天下りポストの多くが農協組織の息がかかった業界団体であることを背景に、天下りを差配することによって、農水省の現役幹部の行動を農協寄りに誘導している。その結果、改革派と目されていた幹部職員も、退官後のことを考えて変節していくという、実に無様なことになっている。現役のうちから天下りを考えるような職員は、最初から国家公務員にならず、農協に就職すればよいのだ。こうした幹部職員を見ていれば、志ある若手が次々に退職していくのは当然で、農水省の劣化は加速している。
改革の阻害要因となる業界団体への天下りは全面禁止が必要だ。そして、政治家を業界団体の代弁者にしてしまっている団体の政治献金も一切禁止すべきである。農協組織の献金は「農政連」という政治団体を通して行われているので、政治団体を含めて、団体の献金は全面的に禁止しなければ、低レベルの政治状況から抜け出すことはできない。
農水省は安倍内閣発足前の無能官庁に戻ってしまっているが、こうした状況に警鐘を鳴らすべき大手マスコミの体たらくがこれを助長している。1~2年で担当が交代するのでは、記者は何も分からないまま、農水省の発表を鵜呑みにした記事を垂れ流すしかなくなる。そして、経営が厳しくなっている大手マスコミは、大口の広告主である農協組織を批判する記事を書けなくなっている。貧すれば鈍する、だ。
農林中金の損失問題についても、全国各地の農協の慢性的赤字を補てんするために農協組織から利益還元を求められ、それに応えるために海外で無理な資金運用をしているという本質には、全く切り込まない。そして、農林中金法を改正して、農林中金の理事に社外理事を入れるとか、今でもできる農業融資にもっと力を入れることを規定すれば、損失発生は防止できるという、馬鹿げた農水省の有識者会議の報告を、さも正しいかのように報じるのだから、呆れ返るほかはない。
今の農水省は、政・官・業の適正な連携ではなく、「官」が公僕としての主体性を失い、「業」と「政」の下請組織に堕落した姿であり、マスコミもそれに手を貸している。有害無益の農水省を解体し、それを機に、政・官・業・マスコミの在り方を根底から考え直すべきである。