「トランプ関税砲」の爆心/アップル「中国依存」の苦難

トランプ関税発表後の株価下落率はGAFAMの中でトップ。見透かされる賞味期限切れ。

2025年5月号 BUSINESS

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ティム・クックCEOはトランプ大統領就任式に参加したが…

Photo:EPA=Jiji

野球ファン待望の球春がやって来た。米ドジャースの主砲、大谷翔平らの活躍が気になり、ついスポーツニュースに見入ってしまう人も多いはずだ。その際、試合のダイジェスト映像にある有名なロゴマークが映りこんでいるのにお気づきだろうか。米アップルのリンゴ印である。

AI新サービス導入遅れ

アップルが米国内外で毎週金曜日の大リーグの試合の独占放映権を獲得したのは2022年のことだ。動画サービス「アップルTV+(プラス)」の利用者増を狙い、「フライデー・ナイト・ベースボール」の名称で配信してきた。スポーツニュースでもロゴが映るのは同社が権利を持っているためだ。

米国の動画配信業界でスポーツがキラーコンテンツとなって久しい。アマゾン・ドット・コムはプロフットボールのNFL、ネットフリックスは世界最大のプロレス団体、WWEの試合を流している。アップルの大リーグとの提携も同じ文脈に位置付けられる。

スポーツを巡る競争は激化し、放映権料は高騰した。それでも投資に見合うリターンを得られていれば問題はないが、実態は異なるようだ。米ネットメディアのジ・インフォメーションは3月、アップルの動画配信事業は年間10億ドル(約1460億円)を上回る赤字を垂れ流し、予算も縮小したと報じた。

米国でこの報道が注目を浴びたのはアップルが動画配信を含むサービス部門の業績が好調と主張し続けてきたためだ。1月下旬に開いた24年10~12月期決算の説明会でティム・クック最高経営責任者(CEO)は「サービス部門の売上高は過去最高を記録し、スタートから5年のアップルTV+は人気だ」と胸を張っていた。

だが、アップルTV+は赤字が続き、米動画配信シェアは1%未満。8%超のネットフリックスや約4%のアマゾンに遠く及ばない。結局のところアップル製品の利用者を対象としたニッチサービスにすぎず、サービス事業の成長はiPhoneなどが搭載しているアプリストア頼みというのが実態だ。

米調査会社のトレフィスによれば、アップルの24年9月期のサービス部門の売上高961億ドルのうち、課金手数料などのアプリストア関連は317億ドルを占めた。アップルユーザーは利用が不可避なため、人呼んでアップル税。動画配信やクラウドを利用したファイル保存サービスなどを強化しても収益構造はなかなか変わらない。

だが、サービス事業の主砲は強烈な逆風を受けている。欧州連合(EU)は24年に巨大テック企業の独占・寡占に歯止めをかけるべくデジタル市場法(DMA)を全面施行し、アップルを厳しい監視下に置く。米国では司法省が24年、アップルのアプリストアなどが反トラスト法(独占禁止法)に違反しているとして提訴した。

日本でも包囲網は狭まりつつある。カギを握るのが25年中の施行を予定するスマホソフトウェア競争促進法(スマホ新法)だ。3月末には公正取引委員会がアップルと子会社のiTunesを対象企業にすることを決めた。決定を控えた同月半ば、都内で相次いで目撃されたのがアップル幹部の関係者行脚だ。

スマホ新法はアプリストアの運営を外部企業に開放することなどを義務付けるが、「サイバーセキュリティーの確保」「青少年の保護」などが目的であれば例外扱いを受けられる。アップル幹部はスマホ新法の運用に影響力を行使し得る関係者と立て続けに会い、開放でリスクが高まると説いて回ったという。

アプリストアの開放はスマホ新法の一丁目一番地であり、「例外扱いの要請は骨抜きにしようとしているのに等しい」(アップルから説明を受けた関係者)。こうした批判が高まることを承知のうえで働きかけを強化したことで、「アップルは焦りを募らせている」(別の関係者)といった見方が広がった。

結局のところ過去も現在も、売上高の過半を占めるiPhoneが真の主砲であることに変わりはない。だが、スマホ市場は成熟が進んで買い替え需要がせいぜいで、数少ない差別化ポイントとなっている生成AI(人工知能)を利用した新サービスでも苦戦が目立っている。

アップルは24年6月に開いた開発者会議で生成AIサービス「アップル・インテリジェンス」を発表した。当初は英語のみの提供だったが、4月から日本語でも対応。アップルが得意とする「好意的な放送内容や記事をコミットするメディアを選別し、情報提供する手法」(ベテランテックライター)でPRした。

当然、こうした番組や記事は見事にスルーしているが、計画通りに導入が進んでいるとは言い難い。ケチがついたのは3月初めのこと。アップルの広報担当者がアップル・インテリジェンスの機能追加が当初予定よりも遅れると認めたところから騒ぎが始まった。同社が一度公表したサービスの導入時期を遅らせるのは珍しい。

アップルは24年6月の発表に基づいてマーケティング活動を展開していたため、傷を広げることになる。3月19日に米国の一部ユーザーが「宣伝していた新機能が使えず、虚偽広告に相当する」などとして同社を提訴した。担当幹部が社内で「失望している」などと話したことや、担当者の交代なども相次いで明らかになった。

トランプ砲で飛んだ60兆円

さらに、ご難続きだったアップルを襲ったのがトランプ関税だった。アップルは第1次米トランプ政権、そして今回も米国での投資拡大を表明しているが、生産回帰の対象はパソコンの上位機種などに限られ、収益を支えるiPhoneは対象外。インドなどで生産を増やしているものの中国依存度の高さは相変わらずで、「トランプ砲」の直撃を受ける格好となった。

被害の大きさを物語るのが株価だ。関税の詳細を発表した4月第1週、アップルの株価は13%下落して、円換算で約60兆円の時価総額が吹き飛んだ。アップルに対して強気な見方を示してきた米著名アナリストのダニエル・アイブス氏が「破滅的」と形容したことからもインパクトの大きさが伝わってくる。

ちなみに株価の下落率は米巨大テック企業GAFAMの中で最大である。各社は事業を法人向けクラウドサービスなどに広げて外部環境の変化に対する耐性を高めてきたが、アップルはiPhone一本足打法を改められなかった。期待の星だったサービス事業が十分に育ちきらないまま、過去最大級のピンチを迎えることになった。

   

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