2025年11月号
BUSINESS
[エキスパートに聞く!]
by
藤井 俊
(帝国データバンク 情報統括部長)

1965年、大阪府生まれ。香川大学法学部卒。商社などを経て、93年に帝国データバンク入社。30年にわたり企業情報・信用調査部門で幅広く取材。2013年10月広島支店情報部長を経て23年4月から現職。
――来年5月から不動産担保や経営者保証に依存せず、事業の将来性に基づく融資を後押しする制度「企業価値担保権」がスタートします。
藤井「これまではスタートアップ(新興企業)や資産に乏しい企業は、金融機関から十分な融資を受けられなかった。この制度を活用すれば、経営者の可能性やビジョンなどの無形資産を評価し、事業全体を担保にすることで、円滑に資金調達ができる。かつて支店勤務時代に、地元の信用組合の支援からスタートした後、株式上場を果たした企業があった。立ち上げの頃は、事業の方向性が見えなかったが、経営者を見て、大きく成長すると判断し、サポートを決めたと話していた。その話を聞き、潜在的に伸びる会社をいかに見抜き、どう支援するかが、とても重要だと感じた。この制度の導入で、将来性ある会社の資金調達の選択肢が広がる」
――「若い会社」の信用調査は。
藤井「どうしても評価点が低くなる。プロ野球選手を会社と見立てて信用調査の観点から、巨人とヤンキースにいた松井秀喜選手と広島カープの前田智徳選手の現役生活を1年ごとに評価してみたことがある。どんなに活躍した選手でも、3年目までは基礎体力がなく、評価点は低い。これはスタートアップなども同じで、売り上げも立ちにくく、利益も出ないため、格付けした評点だけで判断すれば、つかまり立ちの赤ちゃんと同じで一人立ちできるまでは金融機関から融資を受けにくい」
――新制度とどう向き合いますか。
藤井「企業を判断する物差しが増えたというのが一番のポイントだ。将来性ある会社をどう見抜き、成長をどう支援できるのかという視点が重要だ。調査報告書に、どれだけ、その点を盛り込めるかということが大事になる。これまでスタートアップなどの場合、将来性については、報告書の評価項目にある『企業活力』に反映されていた。導入が始まり、企業価値担保権を活用し、融資を受けた場合、今後は商業登記に記載される。当社としては事業計画や調査ヒアリングを踏まえ、報告書に何らかの形で前向きに評価することを検討している」
――制度のデメリットは。
藤井「活用が広がれば、粉飾して融資を受けようとする悪い企業が出てくる可能性もある。金融機関がしっかり見抜けるかという課題もある。それは当社も同じで、報告書の記載を間違えると信用が落ちてしまう。見極める力が調査員に求められる。とは言え、成長支援という観点から、将来性ある企業の価値を評価することは大事で、大胆かつ緻密に、調査に臨みたい」
――今年4月に実施した意識調査では、認知度が前回調査(昨年9月)より上回っているものの、約35%にとどまり、活用意向も約28%と限定的でした。
藤井「本格的に認知度が上がるのは制度が始まる来年5月以降になるのではないか。当面は金融機関、企業ともに試行錯誤が続くと思うが、良い成功事例が出てくれば、活用したいという会社も増えてくる。そうなれば、自然に認知度も上がる。失敗事例も出てくると思うが、活用は次第に最適化されるだろう。まずは経営者の頭の片隅に制度があることを知ってもらうことが大事だ」
(聞き手/本誌 黄金崎元)