維新の「期待の星」/藤田共同代表の懐刀「阿部圭史」/当選1回39歳!

2026年1月号 POLITICS

  • はてなブックマークに追加

「維新」最年少の国会議員・阿部圭史氏

2025年10月に自民党と日本維新の会は連立政権を発足させ、26年ぶりに政権の枠組みが変わった。この政変劇で人知れず動いていたのが当選1回、維新で代表幹事長室長を務める阿部圭史衆院議員(39)である。自民が公明党との連立を解消する前日の10月9日、高市早苗総裁(当時)との連立協議は、維新の遠藤敬国対委員長の1通のメールから始まり、20日の連立合意に結実する。その舞台裏では自民側から高市氏と側近の木原稔氏(現官房長官)、維新側から藤田文武共同代表と阿部氏が衆院赤坂宿舎内で連日、深夜まで協議を重ねた。

「1年生議員の阿部氏が連立協議の進捗状況を木原氏に流している。彼は自民のスパイなのか」――。ある財務省幹部は首を傾げていた。情報網を張り巡らす財務省でさえ、阿部氏の役割を正確に把握していなかったのだ。交渉当事者のみが知り得る合意原案を作成する実務を担っていたのが阿部氏だった。阿部氏は木原氏を「政治の師」と仰ぎ、藤田氏を「政治の兄」として慕っており、この人間関係が潤滑油になっていた。

高市自民党の中枢と、維新幹部をつなぐ阿部氏は1986年5月宮城県仙台市に生まれ、岡山県内で育った。北大医卒、ジョージタウン大大学院で国際政治・安全保障で修士号を取得。中学生の頃、漫画家かわぐちかいじ氏の名作「沈黙の艦隊」と出会う。物語の主人公である海上自衛隊の海江田四郎二等海佐に憧れ、政治を志したのが原点という。

2002年11月に中国で「アウトブレーク」した重症急性呼吸器症候群(SARS)に気付き、新しい感染症として国際社会へ報告したイタリア人医師のカルロ・ウルバニ氏を知る。ウルバニ氏は自らもSARSに罹り死亡する。海江田とウルバニ氏の生き方が、政治家としての阿部氏の方向性を決めたといえる。

北大卒後、厚生労働省に入り感染症危機管理の専門家として働き、2019年から世界保健機関(WHO)で新型コロナウイルス対策に2年間、従事した。帰国後、政治の道を歩む決意を固める。岡山県選出で当時、菅義偉政権の官房長官だった加藤勝信氏に相談すると、首相補佐官を務めていた木原氏を紹介され、その下で働くことになる。

22年夏の参院選の最終盤、安倍晋三元首相が暗殺されると、師匠である木原氏と共に黒い喪章を付けて選挙を戦った。本来なら自民から出るべきだが、「どうせやるならベンチャー政党で仕事がしたい」と、維新からの出馬を決意。当時は馬場伸幸代表が維新を率いており、その下で幹事長を務めていた藤田氏と出会う。

自民と維新は12月5日、連立合意に盛り込んだ衆院議員定数の1割削減の関連法案を衆院に提出。現行定数465の1割以上の削減を決めた。法施行から1年以内に具体的な方法論が決まらない場合は選挙区と比例代表で計45議席を自動的に減らす条項も加えた。この「自動削減」条項を巡り両党は激しく対立。矢面に立つ藤田氏の懐刀が阿部氏だった。

定数削減について維新の吉村洋文代表は「改革のセンターピン」と位置付けており、簡単には引けない。一方、そもそも自民には反対意見が根強い。「永田町文学」と呼ばれる曖昧模糊とした作文で法案を無力化したい自民との神経戦が繰り広げられていた。

11月30日深夜、衆院赤坂宿舎内に衆院議員定数の1割削減の関連法案をまとめるため幹部が集まった。自民からは木原氏、萩生田光一幹事長代行ら、維新からは藤田、遠藤敬国対委員長、阿部の3氏。最終的に維新が主張する「自動削減」条項を加えることになるが、阿部氏が作った原案をもとに萩生田氏が自民側の担当だった加藤氏を電話で説得した。

目下の自維政権は恐ろしいほど不安定。両党が合意を結んだ時の「理念」を忘れ「利害」に流されつつある。阿部氏は国会事務所に「天下為公」の書を掲げている。「人生は1度きりと日本のために、全身全霊をぶつけたい」──。期待の星が輝く日は遠くないだろう。

  • はてなブックマークに追加