大川原冤罪事件/「これでも人間なのかねえ」/「人質司法」の片棒担ぐ裁判官37人「全氏名」公開

2026年6月号 LIFE [「個人の尊厳」殺す]

相嶋静夫さんの遺影とともに記者会見に臨む遺族(日テレNEWS動画より)

国家賠償訴訟で法令解釈、捜査、起訴を違法と認定された大川原化工機冤罪事件。保釈されないまま胃がんで亡くなった同社元顧問、相嶋静夫さん(当時72歳)の遺族が4月、新たに裁判官計37人による逮捕、勾留、保釈不許可は違憲・違法だとして国に約1億6800万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。「人質司法」の片棒を担ぎながら「裁判官の独立」を盾に検証もせず、反省がうかがえない裁判官の責任を問う空前の訴訟だ。

「罪証隠滅のおそれ」の一点張り

保釈の判断について語る今崎幸彦最高裁長官(5月3日、日テレ NEWS動画より)

訴状や国賠訴訟の確定判決などによると、エンジニアの相嶋さんは同社で噴霧乾燥器の設計などに携わり、取締役を経て顧問となった。噴霧乾燥器は霧状の液体を熱風で粉末にする同社の主力製品で、インスタント食品・飲料や粉ミルク、薬品、洗剤などに広く使われ、国内にとどまらず、多くの国へ輸出されてきた。ただ安倍晋三政権は2013年、国際合意に基づく外為法の政令改正で、生物化学兵器の製造に転用できる噴霧乾燥器を規制対象とし、輸出は経済産業大臣の許可制とした。内部で病原性微生物などが生きていると生物化学兵器の製造作業ができず、転用が現実的ではないため、経産省令で「内部の滅菌または殺菌をすることができる」などが規制の要件となった。

警視庁公安部外事1課は2017年5月ごろから、同社の噴霧乾燥器を規制対象とみて捜査。18年10月に同社の本社や社長の大川原正明さん宅などを捜索し、関係者の任意の取り調べを続けた。任意調べは計291回に及び、相嶋さんは18回にわたって応じた。

「外事1課管理官の渡辺誠警視と係長の宮園勇人警部らは、90度以上2時間で大腸菌などを死滅できるから規制対象だという解釈で立件を急いだが、経産省の担当課は『殺菌』の定義が曖昧なうえ、噴霧乾燥器内には温度が上がらないデッドポイントがあり、滅菌・殺菌できないと反論される可能性があるとして、捜査には消極的だった。実際に相嶋さんたちは任意調べでデッドポイントを挙げていた。安倍政権の下、経済安保が喧伝される中で、手柄を焦った」と大手メディアの社会部記者は振り返る。検察関係者は「東京地検の担当検事も法令解釈に疑義があり消極的だったが、大阪地検の証拠改竄・隠蔽事件に関わって現場を離れていた塚部貴子検事が担当になり、手柄を焦ったのか立件にGOを出した」と明かす。

外事1課は2020年3月、大臣の許可を得ずに噴霧乾燥器を中国へ輸出したとして相嶋さん、大川原さん、同社取締役の島田順司さんを外為法違反の疑いで逮捕した(第1事件)。逮捕状は東京簡裁の岡野清二裁判官が発付した。10日間の勾留と接見禁止は東京地裁刑事14部の世森ユキコ裁判官が認め、弁護人は不服申し立ての準抗告をしたものの、同11部の吉崎佳弥ら3裁判官が退けた(以下、時系列順に37人の裁判官に番号をつけ整理した表と照らし合わせてご覧ください)。

三貫納隼裁判官

東京都内の弁護士によると、刑事訴訟法では、逮捕は罪を犯したと疑うに足りる相当な理由に加え、逃亡や罪証隠滅のおそれがあるとき、勾留は逃亡や罪証隠滅のおそれがあるとき、ともに裁判官が発した令状に基づいて行うとされている。起訴後、被告は原則保釈だが、裁判官は重罪のほか罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときなどは不許可にできる。保釈許可や保釈請求却下の決定をするときは、検察官の意見を聴かなければならない。起訴後の勾留は裁判官の判断で当初2カ月、以降は1カ月ごとに更新される。東京地裁の場合、勾留や保釈は第1回公判まで14部の裁判官が、その後は公判担当の裁判官がそれぞれ判断する。検察官や弁護人による準抗告は、14部でも公判担当部でもない部の裁判官3人が判断するという。

黙秘する3人の勾留はその後、14部の島田一裁判官が10日間延長し、弁護人による準抗告は1部の石田寿一ら3裁判官が棄却した。3人と法人の大川原化工機は起訴され、弁護人は3人の保釈を請求した(1回目)。しかし、検察官は口裏合わせによる罪証隠滅のおそれがあるなどと主張(検察官は相嶋さんが亡くなるまで、保釈に反対する意見を言い続けた)。この主張を認めて、14部の遠藤圭一郎裁判官が請求を却下し、弁護人の準抗告も8部の蛭田円香ら3裁判官が棄却した。

守下実裁判官

警視庁外事1課は同年5月、3人を韓国にも不正輸出したとして再逮捕した(第2事件)。逮捕状発付は東京簡裁の長野慶一郎裁判官で、勾留、勾留延長、それぞれの準抗告棄却は14部の宮本誠、岡田佳子、4部の品川しのぶら3裁判官、15部の小林謙介ら3裁判官が判断した。第2事件で同年6月に追起訴後、弁護人は2~3回目の保釈請求と却下に対する準抗告を繰り返したが、いずれも罪証隠滅のおそれを理由に退けられた。不許可の判断は14部の遠藤、宮本両裁判官、8部の蛭田ら3裁判官、15部の楡井英夫ら3裁判官だった。

遺族側は訴状で「噴霧乾燥器の不正輸出は先例がなく、法令解釈の司法判断もない。逮捕・勾留は慎重に判断しなければならないのに、警視庁の解釈やその根拠を十分確認しないまま、違法に令状を発付した。さらに相嶋さんや同社社員は捜索から逮捕までの約1年半にわたり、任意調べに応じ、供述調書が作成されているので、検察官が主張する口裏合わせをする必要はない。罪証隠滅のおそれがあるとの判断は合理的理由を欠き、保釈不許可も違法だ」などと主張している。

保釈取り消し直後に「緩和ケア病棟」

佐伯恒治裁判官

同年8~10月、糖尿病や高血圧、不整脈などの持病がある相嶋さんは勾留先の東京拘置所で胃痛を訴え、黒色便が確認されたほか、重度の貧血で輸血措置が取られた。固形物が食べられなくなり、体重は10キロ減った。弁護人がこうした状況を詳述し、相嶋さん単独で4回目の保釈を請求したが、14部の本村理絵裁判官は罪証隠滅のおそれがあるとして却下した。

同年10月、相嶋さんは胃の内視鏡検査で悪性腫瘍が見つかり、勾留の執行停止を得て順天堂医院で進行胃がんと診断された。弁護人は精密検査のため5回目の保釈請求をしたが、14部の牧野賢裁判官は罪証隠滅のおそれを理由に退けた。再び執行停止を得て横浜市立市民病院に入院した。だが既にがんは肝臓へ転移し、手術はできず、化学療法となった。「余命半年から1年」と宣告された。相嶋さんが6回目の保釈請求をしたのは同年12月1日。重篤な状態と伝えたが、罪証隠滅のおそれがあるとして14部の三貫納隼裁判官が却下し、弁護人の準抗告も1部の守下実、家入美香、一社紀行の3裁判官が棄却した。

家入美香裁判官

弁護人は罪証隠滅を疑われる可能性を低くするため、当初採用に同意しなかった検察官請求証拠の多くに同意したところ、同28日に相嶋さん7回目、大川原さんら5回目の請求で14部の鏡味薫裁判官が保釈を許可した。ところが、検察官が準抗告すると、6部の佐伯恒治、室橋秀紀、名取桂の3裁判官は罪証隠滅のおそれが大きく低下していないとして保釈を取り消した。

相嶋さんは2021年1月、治療を中止して緩和ケア病棟へ移った。弁護人は同年2月1日に8回目の保釈請求をしたが、14部の道垣内正大裁判官から勾留執行停止の期間がまだ残っているとして取り下げを求められ、弁護人は応じた。大川原さんと島田さんは同5日に保釈され、同7日に相嶋さんは息を引き取った。

一連の保釈不許可とは別に、第1事件の起訴後、14部の藤井俊彦、宮本、本村、道垣内、佐藤薫、大伴慎悟各裁判官は計13回にわたって、3人の勾留を更新してきた。

「余命宣告後も保釈不許可」の7裁判官

室橋秀紀裁判官

「公判前整理手続きで主たる争点が法令解釈に絞られ、罪証隠滅の現実的可能性がなくなったうえ、生命に危険が及んでも身体拘束を継続した。違法にとどまらず、個人の尊重や生命・自由・幸福追求の権利を定めた憲法13条に反し、日本が批准する自由権規約7条で禁じる『非人道的な取り扱い』に当たる」と遺族は訴状で裁判官を糾弾する。医療機関で継続的治療が可能となる保釈と、受け入れてくれる医療機関を探すのも困難な例外的措置の勾留執行停止との違いも強調している。

事件は同年7月30日、東京地検公判部の駒方和希検事が「(同社の噴霧乾燥器を)規制対象と立証するのは困難」として公訴を取り消し、終結した。

一社紀行裁判官

同社と大川原さん、島田さん、相嶋さんの遺族が起こした国賠訴訟では、東京地裁が2023年12月の判決で、警視庁による3人の逮捕と島田さんへの偽計的な取り調べ、塚部検事による第1事件の起訴と第2事件の勾留請求、起訴を違法と認め、国と東京都に約1億6千万円の賠償を命じた。25年5月の東京高裁判決では、法令解釈も違法と認定し、賠償金は約1億6500万円に増額。確定後、警視庁と東京地検は同社側への謝罪に追い込まれ、都への住民監査請求を経て渡辺元警視と宮園元係長ら3人は賠償金の一部計528万円を負担した。

同社の関係者は「刑事事件とほぼ同じ弁護団が担当した国賠訴訟では、戦略として裁判官による身体拘束は問わなかった。相嶋さんの遺族による裁判官に対する今回の訴訟は、別の弁護団に委任している」と打ち明ける。

遺族の提訴は4月6日。記者会見した相嶋さんの妻は「(裁判官たちに)死に至る病にかかっている人間の保釈を却下し続けた理由を聞きたい」と話した。相嶋さんは裁判官たちを「これでも人間なのかねえ」と漏らしていたという。罪を認めるまで身体拘束が続く現状は「人質司法」と呼ばれる。弁護団長の高野隆さんは「この国にまん延している人質司法を問う重要な訴訟だ」と意義を述べた。

名取桂裁判官

ベテランの司法記者は「相嶋さんは240日も勾留され、早期発見で寛解する人が多い胃がんで命を落とした。身体拘束を続けた裁判官37人の責任は重く、中でも余命宣告後も自ら容態を確認せず、保釈を不許可とした三貫納、守下、家入、一社、佐伯、室橋、名取の7裁判官は厳しく追及されるべきだ」と指摘する。そのうえで「国会議員や政府の圧力はもとより、裁判所内部の指示・命令も排除するため、憲法は『裁判官の独立』を保障している。身体拘束の判断に立ち入って個別に検証するのは難しいかもしれないが、検察官の言いなりになって人質司法を担う現状を見直さなければ、悲劇は繰り返される。今回の訴訟で、裁判官は裁判官の責任をどう判断するのだろうか。正に『裁判官の独立』が問われている」と解説する。

最高裁の今崎幸彦長官は5月3日の憲法記念日前の会見で「一般論として裁判官の普段の仕事は基本的に過去の事実を証拠で認定することだが、令状(身体拘束)の判断は証拠隠滅のおそれといった未来予測の要素を多く含むので、かなり難しい。被疑者・被告人などへの影響も考慮し、裁判官一人一人が職責を十分に果たしていけるよう、その判断の在り方を検討していく必要がある」と答えた。少なくとも問題意識はあるようだが、果たして人質司法の現状は変わるだろうか。

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