夢よもう一度!/「370兆円投資」の目玉/「LNGタンカー」建造へ

2026年9月号 BUSINESS

「戦略17分野」の勝ち筋はどこに(首相官邸HPより)

高市早苗首相は先に公表した戦略17分野のロードマップで、2035年以降に年3~5隻のLNG(液化天然ガス)タンカーの建造体制を構築すると明記した。総額370兆円に及ぶ官民投資でも目玉プロジェクトの一つだ。かつて日本の造船業はアルミ製の球形タンクを積んだモス方式LNG船で世界を制したが、薄い金属膜(メンブレン)でタンクを構成するメンブレン方式LNG船を擁する韓国・中国勢の台頭で2019年以降は建造が途絶えている。

温暖化ガス対策と電力需要の急増に対処するにはLNGが不可欠だ。2022年にはLNG船の年間発注隻数が過去最多の150隻を記録した。26年前半の発注隻数は69隻で、別途オプション8隻だった。内訳は韓国造船大手が37隻でオプション2隻、中国造船所が32隻でオプション6隻。両国で世界市場を二分している。

四方を海に囲まれた日本でエネルギー需給のカギを握るLNGの輸送手段を韓国や中国に依存するのは危うい。高市政権は経済安全保障の観点からLNG船建造に再参入するよう造船業界に求めた。国土交通省の護送船団式政策では対応できない。今後は経済産業省と官邸主導に移行する。

GTTが基本特許を独占

メンブレン型LNGタンカー(仏GTTのHPより)

今治造船の檜垣幸人社長は7月23日の記者会見でLNG船について、「政府の要望に応えるよう前向きに検討中で、複数社と議論している」と語った。協業相手は川崎重工業と名村造船所が候補に挙がる。

1980~90年代に日本造船業が世界市場を席巻したモス方式LNG船はノルウェーのモスマリタイム社がライセンスを保有する。外側を断熱材で包んだアルミ製の球形タンクにLNGを格納する。マイナス162度のLNGに触れるとアルミは収縮するが、球形で均等に縮むため強度を保ちやすく、信頼性は高い。ただ、球形タンクが船倉にぴったりと収まらないため容積効率が悪い。

現在主流のメンブレン方式LNG船は船体内部に断熱材を取り付け、さらにその内側に金属の薄膜(メンブレン)を貼り付けてタンクを構成する。タンクが船体の内側に沿っており、無駄なスペースがなく容積効率が高い。「NO96」と「MarkⅢ」の2種類があり、メンブレンの材質が異なる。いずれも仏GTT社の特許だ。

「NO96」のメンブレンは厚さ0.7ミリのインバーで、鉄に36%のニッケルを加え、微量成分でマンガンや炭素を含む。金属は加熱すると膨張し、冷やすと収縮するが、インバーはほぼ変化しない。「インバー」の名称は「Invariable Steel(変形しない鋼)」に由来する。LNG船1隻あたり約400トンも使う。仏アンフィー社がほぼ独占してきたが、近年は日本冶金工業や日本製鉄も手がけている。「NO96」は韓国のハンファオーシャンや中国の滬東(ことう)中華造船が手がける。

「MarkⅢ」のメンブレンは厚さ1.2ミリのステンレス(9%ニッケル鋼)。低温に強いがインバーよりは収縮しやすいため、あらかじめメンブレンに襞(ひだ)を付けておく。低温のLNGに触れて縮んだ分を襞が伸びて相殺する仕組みだ。韓国のHD現代重工業、サムスン重工業、中国の江南造船、上海外高橋造船、滬東中華造船などが手がける。

メンブレンは建造途中に過って工具を落とせば破れてしまうほど薄い。船体の揺動でLNGがタンク内面をバシャバシャ叩く「スロッシング」の衝撃に弱く、克服には長い時間を要した。「スロッシング」を防ぐため、航海中はタンク内を95%以上満たすか、5%以下に抑えるよう制限されている。

万が一、タンクからLNGが漏れた場合、マイナス162度の低温は船体の鋼板を傷つけて大事故につながるために完全な二重バリアを設ける。メンブレン方式は材料費が安いが工程数は多い。モス方式は工程数が少ないが材料費はかさむ。

過去には日本もメンブレン方式の経験がある。NKK(現ジャパン マリンユナイテッド=JMU)は1990年代に「MarkⅢ」で小型LNG船を手掛けた。三菱重工業は1999年にマレーシア向けのLNG船6隻を受注、「NO96」メンブレン方式で建造し、2004年にかけて引き渡した。今治造船は「MarkⅢ」のメンブレン方式5隻の実績があり、18年に2隻を引き渡した。

LNG船の国内建造が途絶え、現場の経験者は退職し、専用の設備・治工具が散逸し、再参入は容易ではない。韓国の技術指導を仰ぐ案もあるが、韓国は07年にLNG船の貨物タンク製造技術を「国家核心技術」と位置づけ、技術流出の防止と保護を法律で定めており、ハードルは高い。そもそもメンブレン方式の基本特許と技術ライセンスを事実上独占する仏GTTが、韓国から日本への技術移転を許すかどうか怪しい。

IHI独自開発のSPB

IHIのSPB型LNGタンカー

LNG船の80%はGTTのメンブレン技術を採用し、「NO96」と「MarkⅢ」とも、特許使用料として船価の5%を支払わねばならない。GTTは25年12月期の売上高が前期比17~25%増の7億5000万~8億ユーロ(1290億~1370億円)に達した。今後も需要増や大型化に伴う船価上昇が続くと予想され、GTTは笑いが止まらない。17万4千立方メートル級の標準タイプで1隻が2億5千万ドル前後(約380億~390億円)する。1隻造るたびに20億円弱がGTTに転がり込む。

特許料の節約で韓国ガス公社と韓国造船3社は04年から10年をかけて「KC-1」メンブレン式タンクを独自開発した。2隻に積んだが断熱不足からタンク外壁が氷結を起こし、運航停止になった。改良型の「KC-2C」を搭載した小型LNG船が昨年10月に完成したが性能評価はまだ定まっていない。

だが、日本にはモス方式でも、メンブレン方式でもないSPB(自立角形タンク)方式がある。IHIが独自開発し、1980年代に建造を始めた。防熱材で覆ったアルミ製の四角いタンクにLNGを収容するため容積効率は高く、甲板は平らだ。アルミの板材で構成し、強度がある。「スロッシング」は内側に設けた隔壁や梁で抑制する。

IHIから造船事業を引き継いだJMUは2013年にSPB方式で新造4隻を受注し、19年までに引き渡しを終えた。船体はJMU津事業所(三重県津市)で建造したが、20年以上の空白期間が災いして防熱工事のトラブルが起き、為替差損も生じた。JMUは18年に約700億円の最終赤字を抱え、SPB方式LNG船からの撤退を決めた。SPBタンクを製造するIHI愛知事業所(愛知県知多市)は先の4隻分を納入した後、2018年に閉鎖された。

2019年、JMUはSPBタンクの建造技術を中国のエンジニアリング大手、恵生(南通)重工(略称ウィソン)に供与した。ウィソンは23年に浮体式LNG基地用に第1号のSPBタンクを完成させた。

再参入するLNG船は川崎重工坂出工場(香川県坂出市)での建造が有力視される。全長300メートル級の大型船でドックや艤装岸壁の整備が必要だが、官民370兆円の成長投資を突っ込めばよい。

当初、SPBタンクは中国のウィソンで製造してコストを下げ、新たな設備投資も省く。その後、国内に製造ラインを設ける。IHIの技術だから、特許料を仏GTTに支払わなくて済む。高市首相が強く求めるLNG船建造再開の道筋が見えてきた。

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