文系職場は急減しているのに高専で定員割れ。「数学の壁」で学生が急旋回できない。
2026年10月号 BUSINESS

校内にクリーンルームがある高専もある(写真は熊本高専)
Photo:Jiji
「あれだけの力を入れて準備をしたのに……。入試が終わってから、数カ月は力が抜けてしまった」。北日本の地方都市にある国立高等専門学校(高専)の入試担当者はそう言って、志願者数が想定を大幅に下回った今年度入試の数字を前に肩を落とした。
半導体やAI、ロボットなどの産業力強化のため、理系人材の拡充という国策に沿って、現場技術者を育成する高専には予算が重点配分されてきた。「数億円する高価な機材がポンと入ってきた。これまで何度申請してもはねつけられてきたのがウソのようだ」(九州の高専の担当者)というように予算面で優遇を受けてきた学校も多く、好機を生かすためにカリキュラム見直しも進んだ。
しかし、そんな「努力」は受験生にはほとんど伝わらなかったようだ。冒頭の北日本の高専の場合、新たに半導体を専門的に学ぶ学科を設けたものの、入学定員に対する応募者の実質的な倍率は0.6倍程度にとどまり、前の年度の実績さえも大きく下回る結果になった。
高専関係者に衝撃を与えたのが全国で最も人気が高く、受験偏差値も一定レベルを維持してきた明石工業高等専門学校(明石高専)が初めて定員割れになったことだった。160人の募集人員に対し、志願者が160人。定員割れとなった学科では、二次募集での補充を迫られた。
高校無償化が実現したことで、都市部に校舎を有する私立高校に人気が集まった影響も大きく、ほとんどの高専が、実質的に応募すれば全員が合格するような「全入」の状況に追い込まれている。当然、学生の質も低下が著しい。ある高専の担当教授は「授業にまったくついてこられない学生が増えた。入学者が減ることも問題だが、授業が成り立たなくなり、最低限の水準が維持できなくなっている」とこぼす。理系人材の育成機関として国から高い期待を集める高専だが、置かれた現実とのギャップは想像以上に大きい。
政府が1月に打ち出した204
0年の就業構造推計では、AI(人工知能)やロボットの活用に必要な人材が全国で339万人不足するとの調査結果が示された。世界的にAIを使ったロボットの利用が加速する中で、それらを使いこなすことができる人材が大幅に不足するとされている。
いっこうに学生が集まらないことに、先導役である経済産業省は頭を悩ませている。「半導体人材やAI人材の育成を旗印に予算を得てきているのに、そもそも学生が集まらないのでは、あまりにバツが悪すぎる」(地方の経産局の担当者)。経産省では地域ごとに「半導体等人材」の育成に向けた産官学の連携組織を立ち上げ、人材獲得に向けたイベントなどを開いているが、成果は一向に見えてこない。
40年の就業構造推計は、事務職の「ヒト余り」も指摘した。437万人が余剰になると分析されていて、文系人材に厳しい将来像を描く。ところが、推計の対象である14年後どころか、文系人材が主に就職してきた「一般事務職」の仕事はすでに足元でも枯渇し始めている。全国の一般事務職の有効求人倍率は0.3倍程度で推移しており、事務系人材は大幅な「ヒト余り」の状況なのだ。
オフィスの多くでAIの導入が加速し、かつて「一般職」と呼ばれた人材がしてきたようなオフィス業務が仕事として消滅している。大手企業だけでなく中小でも同様で、オフィスでパソコン画面を相手にする仕事はどんどんAIが代替するようになった。とくに、経理や総務などのバックオフィス業務は加速度的に失われているのが現状だ。
都市部のハローワークにはいま、そんな「AI失業者」があふれている。問題は求職者に聞き取り調査をすると、多くが一般事務職の仕事を失ったものの、再就職先にも事務職を希望していたことだ。ロビーにいた40歳代の男性は大卒後、企業で一貫して経理業務を担ってきたものの、今春にリストラされたという。家族もいて住宅ローンを抱えたままのため、ハローワークからはすぐに仕事に就ける工場作業や建設現場などへの就職を勧められていたが、現場職への転職は「いまさらできない」と一顧だにしなかった。
子育てを優先して大手企業を退職したという有名大学卒の30代女性は「学び直し」によるコンピューター技術職への転職を勧められていたが、「今あるスキルを生かしたい」として、事務職希望を捨てきれないでいた。全体の労働人口が減るなかでも労働移動は困難で、労働者が働きたいとする職種と労働者を必要とする職種のミスマッチの改善は難しい。
必要とされている理系人材が増えないのに対し、加速する文系人材のヒト余り。本来であれば、入り口段階での転換が待ったなしのはずだが、そうならないのはなぜか。学校関係者が口をそろえるのが「数学の壁」だ。
「多くの標準レベルの学力の生徒にとって、中学高校で学ぶ数学は難しすぎる。数学は一度理解できなくなると、相当な努力をしないと一定水準まで挽回することが難しい。とくに、真面目な女子生徒ほど、数学がハードルになる傾向がある。数学嫌いから理系が選択肢にならなくなっている」(学校関係者)
医師や研究者になるような高い学力レベルの学生ならいざ知らず、現場レベルの人材不足に対して、入り口で求めるハードルが高すぎるというわけだ。経産省がどんなに理系人材の育成を叫んでも、「数学嫌い」への打開策にはならない。全国規模の予備校の進路指導担当者も「過度な数学の能力を求めないほうが、標準的なレベルの人材が理系を志望しやすくなるはずだ」とみる。
現在、国内の工場などで働く現場職の多くを日総工産やUTエイムなどに所属する派遣社員が担っている。かつて、現場職は高卒という印象もあったが、最近は文系大学を卒業したものの、事務職に就けず、現場派遣業に流れる学生も増えているという。「本来であれば高卒レベルであるはずの派遣業に従事せざるを得ないのであれば、大学に4年も行くことは本人にとっても社会的にも無意味」との声も経済界からは上がる。理系の入り口のハードルを下げてでも、より多くの人材がある程度のスキルを身につける仕組みを作らなければ、ものづくり大国の復活を担う人材は生まれない。
かつてのように受験生が多くいて、学校が学生を選んでいた時代とは違う。少子化で学校に入るハードルが下がっている今も、同じハードルを課していては、学生はその前に立とうとすらしない。強烈なミスマッチという現実を前に、「理系人材」のあり方そのものを見直すべき局面が訪れている。