2026年10月号 BUSINESS [経営課題の縮図]

小野 明(おの あきら)氏
東京電力副社長
廃炉・汚染水対策最高責任者
1959年6月生まれ。東京大学工学部原子力工学科卒業。83年東電入社。発災8か月後に1Fに入り、13年~16年1F所長。原子力損害賠償・廃炉等支援機構執行役員を経て18年より現職。福島第一・第二原発勤務が通算30年に及ぶエキスパート。
8月某日、メガバンク、大手生保、大手不動産、大手自動車、大手商社の幹部とイチエフ(1F=福島第一原発)を視察した後、事故翌年(2012年)から廃炉プロジェクトの現場を指揮してきた廃炉最高責任者(CDO)小野明副社長と意見交換の場が設けられた。冒頭から「経営責任とは何か」という根本的な質問が飛び出した。以下、企業幹部との白熱の論議を実況報告します。(構成/本誌編集長 宮嶋巌)。

屋上をカバーで覆われた1号機原子炉建屋の前で
質問者A 事故後、途方もない追加コストと人員を投入され、企業が果たす責任とは何か、改めて重く感じました。御社の責任をどう考えるか。果たしてゴールはありますか。
小野 廃炉の現場を預かる者として、なるべく早く1Fを安全な状態に持っていく。それが一番大切だと考えています。何があっても安全な状態を維持します。国の「中長期ロードマップ」には30~40年で廃炉完了と書いてあり、これを一つの目標として、私たちは各工程の作業を進めています。しかし、数十年後の廃炉の姿は、当社だけで決められることではなく、地域の皆さまや自治体、国の方々と相談しながら決めていくことになります。とはいえ、廃炉現場を見続けて来た私の考えは少し違う。まずは何が起ころうが、周辺環境に影響を与えないような状態に持っていくこと。浜通りの皆さんが安心して生業を続けられる環境にすること。それをなるべく早く実現することが、私たちの最大の責務です。
B 作業現場のエンゲージメントやモチベーションをマイナスから上向かせ、この現場で働くプラスの実感をどう積み上げていくのですか?
小野 ここは「安全」だけでは足りない、「安心」まで持っていかないと。地元の皆さんはもとより世間の人々にとって、未曽有の原発震災が目に焼き付いており、何か起こると際限なく不安が膨らむんです。正確な情報を出していくら安全ですと言っても、通用しないところがある。如何に安心感を持ってもらうか。そこに現場の達成感が生まれます。
*技術的な安全性だけでなく「安心」を如何に積み上げ、世の中の信頼回復につなげるか。小野氏は1号機のカバー設置の計画変更の例を挙げて説明した。
小野 オープンエアで3号機屋上の瓦礫を除去した時、ダストが飛散して発電所周辺のモニタリングポストの値が微かに変動し、1F構内でバスを待っている人の身体汚染が発生しました。今は隣接町村に人々が戻り始めています。万一、瓦礫撤去中にダストが飛散するようなことがあると、地元の皆さんが再び避難すると思うんです。それだけはあってはならない。だから先に屋上をカバーで覆ってから瓦礫撤去する計画に変えました。
*続いて10~60代まで毎日約5千人が働く現場における組織管理の在り方、経営上の課題が問われた。

高線量の3号機原子炉建屋の壁面を見ながら歩く
C 幅広い年齢層が働く現場の使命感や一体感をどうやって維持していくのですか?
小野 発災から7、8年ぐらいまでは取り返しのつかない事故を起こしたという責任感が強い人が多かった。今はどんどん人が入れ替わっています。事故当時の中堅層はそろそろ卒業年齢となり、事故当時の記憶がない10代の新卒も入ってきます。地元・福島県出身の中には、古里を何とかしなければという使命感から入って来る人がいます。その一方で、遠隔操作の廃炉に興味があり、ロボットやドローンをやりたい、先進技術を身に付けたいという、明確な目的を持って入社する人もいます。ある意味で1Fはいろいろなことに挑戦できる、世界でここにしかない現場です。例えば原子炉建屋のカバーを設計するにしても1号機、2号機、3号機、4号機の状況は全く異なり対処方針も全部違う。そういうところに若い人は惹かれるんだと思います。ここ数年、当社の建設部門の新卒入社の任地として最も希望が多いのは、ここ1Fなんです。
*次に過酷な現場と向き合うプロジェクトマネージャーを如何に育成するか、次のステージについて話し合った。
D 小野さんは1Fというクリエイティブな現場には優秀なプロマネがたくさん必要だと仰るが、育成は容易でないのでは?
小野 プロマネに任せる時は細かく制約条件を加えるんです。いつまでに何をどこまでやるのか、安全上のレベルはこれぐらい、被曝線量はこれぐらいに抑えてくれ、お金はこれぐらいでやってくれ、という具合に具体的。そうすると現場はやりやすいんですよ。ところがアバウトに「とにかく線量をなるべく下げてね」と言った途端に、プロマネはすごく悩む。指示が曖昧だと自信を無くす場合もある。そういう状況に追い込まない。そこは私や所長が全責任を持って決めるのです。
D 小野さんは、これから廃炉プロジェクトが「新しいステージ」に入ると仰ったが、具体的に何がどう変わるのですか?
小野 例えば使用済燃料の取り出しは、過去にやったことがある作業です。使う設備は違いますが、どこが勘所か大体わかっています。だからプロジェクトとしての制約条件も書きやすいんです。ところがデブリの性状や取り扱いは、誰にもわからない未知のゾーンです。その新しいステージに入るということです。これまでの廃炉の各工程は、過去に経験してきた作業を組み合わせれば、何とか想像がつく作業でした。しかし、デブリは全く違う。前人未踏の未知のプロジェクトを回していかなければならない。
また、排気筒解体の難工事を担った大熊町のビーエイブルさんが、7月にスタンダード市場に新規上場した時は嬉しかった。廃炉事業が地元の発展と人材育成の場となる、次のステージへ進もうとしています。

免震重要棟の緊急時対策室で小野CDO(右端)から説明を受ける
E 近年の技術革新と人材の確保・育成が廃炉の現場にどんな影響を与えますか。
小野 特に目覚ましいのは遠隔操作技術、とりわけドローンの進化です。10年前に溶解した炉心の底部の映像を、ドローンで撮れるとは想像もしなかった。構造物が溶け落ち、瓦礫が散乱する狭隘空間を飛び回り、これほど克明に撮影できるとは――。驚嘆に値するドローン撮影を先読みして、10年前に廃炉計画を立てることは不可能でした。逆に言えば「廃炉の姿」を考えるうえで、技術革新に期待するところはものすごく大きい。AIの進化はさておき、10年後には「マスタースレーブ方式[「司令塔(マスター)」となる1台の機器が、「従う側(スレーブ)」の機器に指示を出して一括で制御する管理方式]」で準備作業が全部できるようになると思います。今年初めに若手中心の遠隔操作専門のチームを作りました。作業員さんの技量向上のため訓練施設の設置も計画しています。高専や高校、大学との連携も考えており、出前授業や可能であれば講座の設置もできないかと――。この先は廃炉人材の育成が最優先、とにかく想像力が求められる現場です。
E 参考になる他業界の先行事例は?
小野 JAXA(宇宙航空研究開発機構)が打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトは非常に参考になった。1Fの仕事は対象物に容易に近づけない、未知の環境を相手に遠隔で作業する、そういう意味ではJAXAが挑む宇宙空間とよく似ています。「はやぶさ」に携わったチームの中に大学時代の親友がおり、彼からプロマネ手法など、たくさん学ぶものがありました。
質疑応答を通じて浮かび上がるのは企業経営における普遍的な課題ではないか。
第一に、経営責任のゴール設定の曖昧性の問題だ。完了時期は国策で30~40年と定められているが、最終的な廃炉の姿は今だに明確ではない。そこで小野CDOが設定したのは「社会の安心」という、定量的には測りにくい目標である。これは現場のトップが直感と覚悟をもって決断すべき最重要課題だ。
第二に、世代交代と組織文化の継承である。事故直後の責任感から現在の「やりがい」への転換。クリエイティブな1Fの廃炉現場は価値観の円滑な移行に成功しつつあるようだ。
第三に、権限委譲と制約条件の明確化である。曖昧な指示が現場の士気を落とすことは、あらゆる組織で生じ得ることだ。
第四に、技術革新と人材育成の統合戦略だ。技術進化は単に導入されるものではなく、人材を育成する機会として活用されるべきであるという視点は、デジタル化時代の組織経営に極めて重要な示唆となろう。
過酷な1F廃炉プロジェクトは、単なる廃炉技術と現場作業の積み重ねではなく、今日的な経営課題の縮図ではなかろうか。
(取材・構成/本誌編集長 宮嶋巌)