2026年10月号 DEEP

戦没者記念碑に献花し、黙とうされる両陛下(26年8月16日、アムステルダム)
Photo:Jiji
高市早苗内閣が特別国会で成立させた皇室典範の改正。首相は「急いで『皇族数の確保』を図らなければならないというのが、今回の改正の目的」(本人のX、9月5日)と説明する。産経新聞のように「男系継承」堅持が目的だったかのように報じるメディアもあるが、首相や自民党の麻生太郎副総裁らの目論見は、実は全く違うところにあるのではないか。
目論見を探るため、今回の皇室典範改正までの動きをたどると、小泉純一郎首相は2005年1月、私的諮問機関の「皇室典範に関する有識者会議」を設置。座長の吉川弘之元東大総長、座長代理の園部逸夫元最高裁判事のほか、古川貞二郎前内閣官房副長官、奥田碩経団連会長、緒方貞子元国連難民高等弁務官、佐々木毅前東大総長、岩男寿美子慶応大名誉教授など、10人のメンバーはそうそうたる顔ぶれだった。

皇位は憲法2条で世襲とされ、皇室典範1条は「皇統に属する男系(父方が天皇の血筋を受け継ぐ)の男子が、これを継承する」と規定。当時は1965年に秋篠宮さまが誕生後、男性の皇族が生まれておらず、皇位継承者が不在となるおそれが指摘されていた。
有識者会議は同年11月の報告書で、皇位を安定的に継承するため、継承資格を女子や女系(母方の血筋が天皇につながる)の皇族に拡大し「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠であ(る)」と提言。皇位継承順位も男女を問わず「長子(第一子)優先」とするよう求めた。一方で1947年に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子を皇族に復帰させる案は「国民の理解と支持を得るのは難しい」などとして退けた。
「2001年12月に皇太子ご夫妻(当時)の長女愛子さまが生まれ、各種の世論調査では女性天皇容認が70~80%に上り、男系男子にこだわる極右も少なかった。側室なしで男系男子の皇統を継ぐのは現実的ではなく、有識者会議の女性天皇容認は結論ありきだった。皇位継承順位では、兄弟姉妹間の男子優先も俎上に載ったが、女子、男子の順に生まれた場合、皇太子が交代する事態となることなどから長子優先に落ち着いた」と元皇室担当の記者は振り返る。
政府が女性・女系天皇を可能にする皇室典範改正案を策定中の2006年2月、秋篠宮妃紀子さまの懐妊が分かり、改正案の提出は見送られた。同年9月、秋篠宮ご夫妻に長男悠仁さまが誕生した。
皇室典範の改正論議は沙汰止みとなっていたが、2017年6月に平成の天皇(現上皇さま)が退位するための皇室典範特例法案の可決に当たり、衆参両院の委員会が付帯決議で「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」等について検討するよう政府に求めた。
19年5月の現天皇陛下の即位などを経て、菅義偉首相によって「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する付帯決議」に関する有識者会議が設置されたのは21年3月。メンバーは座長の清家篤元慶応義塾長、大橋真由美上智大教授、冨田哲郎JR東日本会長、女優・作家・歌手の中江有里さん、細谷雄一慶応大教授、宮崎緑千葉商科大教授の6人だった。
前出の記者は「小泉首相の有識者会議に比べて、メンバーがあまりにも見劣りする。果たして皇位継承問題を論じることができるだろうか」と心配していたという。
有識者会議の2021年12月の報告では「悠仁親王殿下の次代以降の皇位継承について具体的に議論するには機が熟して(いない)」として皇位継承に言及しなかった。喫緊の課題は皇族数確保だとして①女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する②皇室典範9条で禁止されている皇族の養子縁組を可能とし、皇統に属する男系男子を皇族とする―との2案を提言した。②の皇統に属する男系男子は旧宮家の男系男子を指す。
「皇位継承は女性・女系天皇を避けて通れず、先送りしたのだろう。②が実現すると養親候補となる三笠宮寛仁親王妃信子さまの兄の麻生氏にとって、懐刀といえる存在の山崎重孝内閣官房参与が事務方を率いて報告をまとめた。②は安倍晋三元首相の持論でもある。心配した通りの報告となった」と前出の記者は嘆く。
報告を受けて始まった国会の与野党協議は、立憲民主党が②に慎重で進まなかったが、自民党が大勝した今年2月の衆院選で様相が一変。首相は4月の自民党大会で「静謐(せいひつ)な環境で皇室典範改正を目指す」と宣言した。「静謐な環境」は報告にあった言葉だが、その前段では「国論を二分したりするようなことはあってはならない」と記されている。その後の与野党協議は、麻生氏側近の森英介衆院議長が主導。6月10日には、①と②(旧宮家の男系男子を養子に迎えると明記)を「立法府の総意」とし、政府に法制化を要請した。
天皇陛下は翌11日、オランダなどを訪問する前の記者会見で、皇族数確保について問われ「国民の理解が得られるものとなることを望んでいる」と述べられた。ベテランの政治記者は「憲法4条で天皇は『国政に関する権能を有しない』とされ、制度に言及しなかったが、上皇さまが常々話している象徴天皇制への『国民の理解』が念頭にあるのだろう」とみる。
6月30日に国会へ提出された政府の皇室典範改正案には、①と②にとどまらず、②の養子の子孫が男性の場合、皇位継承権を与えるとの規定が盛り込まれていた。「立法府の総意」にはなく、野党は「だまし討ちだ」と批判したものの、衆参両院の委員会で計約8時間審議しただけで、7月17日に改正皇室典範が成立した。
ただ立憲民主党など5党派が反対し、有識者会議の「国論を二分しない」は反故にされた。成立直後に行われた朝日新聞の世論調査で、皇室典範改正が「国民の理解を得られていない」は60%。天皇陛下の望みもかなわなかった。
象徴天皇制の研究者、河西秀哉名古屋大学教授が共同通信の取材に「首相は4月の『昭和100年記念式典』で、天皇、皇后両陛下にあいさつさせなかった。戦争への『深い反省』を述べられるのが嫌だったのだろう。こういう人たちなので、ゆくゆくは戦争への反省を繰り返す両陛下や上皇ご夫妻の皇統とは異なる皇統を、養子の子によって実現しようと考えているのかもしれない」と述べている。
「上皇さまは上皇后さまと共に各地を回り、国民に象徴の立場を理解してもらい、天皇は国民を思い、国民のために祈るという在り方を確立した。『深い反省』は昭和天皇の戦争責任を含めて述べているのだろう。天皇、皇后両陛下もこうした象徴の在り方を踏襲している。首相や麻生氏らが今回の改正で、男系男子の継承だけでなく、上皇さまや天皇陛下の皇統を将来放逐しようと意図していたとすれば、不敬の悪巧みだ」とベテラン政治記者は指摘する。
本誌編集部には、石井一二元参院議員が代表理事の一般社団法人愛天会から「敬宮愛子様を天皇に」という国民運動を起こすとの告知が届いた。7月の共同通信の世論調査では、女性天皇賛成が81%。「愛子天皇」で結集すれば、自民と日本維新の会を凌駕し、皇室典範の再改正で不敬のたくらみは潰えるだろう。