中国が南シナ海を「火の海」にする日

南沙諸島の滑走路は中国以外が支配する3島だけ。制空権確保へフィリピン軍の基地を攻撃か。

2011年8月号 GLOBAL
by 盧四清(香港の中国人権民主化運動情報センター主席)

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南シナ海の南沙諸島の領有権を主張する中国、ベトナム、フィリピンの対立がエスカレートしている。中国は海軍力の増強を背景に南シナ海の広い範囲で制海権を握りつつあり、ベトナムとフィリピンに挑発行為を繰り返している。今年2月には中国海軍の艦艇がフィリピンの漁船を威嚇射撃し、5月末には中国の監視船がベトナムの石油探査船の通信ケーブルを切断する事件が起きた。

これに対しベトナムは6月13日に南シナ海で実弾軍事演習を敢行。フィリピンも南沙諸島に近いパラワン島東沖のスールー海で6月28日から米国との合同軍事演習に踏み切り、中国を強く牽制した。3カ国の対立に歯止めがかからなければ、近い将来、南沙諸島で軍事紛争が勃発する可能性は十分ある。

中国の軍事費は今や米国に次ぐ世界第2位であり、軍事力だけで見れば小国のベトナム、フィリピンは相手にならない。特に南沙諸島の周辺海域から他国の船舶を排除する海軍力では中国が圧倒している。だが現実に紛争が起きた時、勝敗のカギを握るのは制海権よりもむしろ制空権だ。南シナ海の完全支配を狙う中国にとって、そこが“泣き所”であることは意外に知られていない。

ベトナム軍が最新鋭機配備

南沙諸島は東西800キロ、南北600キロにおよぶ海域に100を超える小島や岩礁が散らばっている。最も大きな太平島(タイピンタオ)でも面積はわずか0.43平方キロしかない。太平島は台湾が実効支配しており、長さ1150メートルの滑走路を備えた軍事基地がある。このほか、南沙諸島で軍用機が離着陸できるのはフィリピンが実効支配する中業島(チヨンイエタオ)、ベトナムが実効支配する南威島(ナンウエイタオ)の三つだけだ。

一方、中国が実効支配しているのは島とは名ばかりの岩礁がほとんどで、飛行場の建設は事実上不可能。中国本土最南端の空軍基地がある海南島の三亜(サンヤー)から南沙諸島の北端までは直線距離で900キロも離れている。中国軍は海南島の南東330キロにある西沙諸島の永興島(ヨンシンタオ)に長さ2500メートルの滑走路を持つ前線基地を建設したが、ここからでもまだ600キロ以上ある。

これに対し、ベトナム本土南部のファンラン空軍基地から南沙諸島までの最短距離は500キロを切る。ベトナム空軍はロシアから購入した最新鋭の「Su‒27」戦闘機12機、「Su‒30」戦闘機9機をファンランに配備しており、数は少ないものの南沙諸島のほぼ全域で作戦行動が可能だ。Su‒27とSu‒30が装備する空対艦ミサイルの威力は絶大であり、中国海軍にとって大きな脅威。さらに、ベトナムは南威島の前線基地を拡大し、南沙諸島の“不沈空母”にしようとしている。

フィリピン軍の装備は旧式かつ脆弱だが、フィリピンは1951年に米国と軍事同盟「米比相互防衛条約」を結んでいる。米軍が91~92年にクラーク空軍基地とスービック海軍基地から撤退した後も同条約は維持された。その適用範囲に南沙諸島が含まれるかどうかについて、米国は中国に配慮して明言を避けているが、フィリピンは米軍の威を借りて中国に対抗する姿勢を強めている。

米国にとっても、南シナ海は同盟国の日本、韓国、台湾などに中東の原油や天然ガスを運ぶ重要ルートであり、中国による支配は受け入れられない。6月23日に訪米したフィリピンのアルベルト・デルロサリオ外相と会談したヒラリー・クリントン国務長官は、南沙諸島の領有権をめぐる中国の強硬姿勢を「地域の平和と安全に関する懸念と緊張を高めている」と批判し、「フィリピンの海上防衛力強化のために支援を惜しまない」と明言した。米海軍の原子力空母が南シナ海で睨みをきかせれば、南沙諸島に滑走路を持たない中国軍は手も足も出ない。

中国軍は遠洋での制空能力を高めるため、ウクライナから購入した旧ソ連海軍の空母ヴァリャーグを大連に回航して改装工事を急いでいる。だが、仮に南シナ海に投入しても実戦では役に立たないだろう。ベトナム海軍はロシアに「キロ型」潜水艦6隻を発注しており、2012~16年に引き渡される。キロ型は静音性能の高さから「空母キラー」の異名を持ち、対潜水艦戦能力の低いヴァリャーグは餌食になるだけだ。

それでも、中国はもはや後戻りできない。国内の繁栄と安定を維持するには経済成長の持続が不可欠であり、急増するエネルギー需要への対応が至上命題だ。南シナ海は中国にとっても中東やアフリカから原油や資源を運ぶ海上の大動脈であるうえ、南沙諸島には膨大な原油や天然ガスが眠っていると考えられている。ベトナムや米国の干渉を許せば、共産党指導部は国内世論の猛烈な突き上げにさらされる。

近い将来に軍事紛争が起きるとすれば、発火点はどこか。筆者は南沙諸島北東部の礼楽灘(リールータン)と、そこから西へ約300キロにある中業島に注目している。ベトナムとフィリピンは実効支配している島々の周辺で既に資源探査を開始しているが、岩礁しかない中国は後れを取っている。そんななか、礼楽灘はベトナムもフィリピンもまだ手を付けておらず、中国が一番乗りを目指しているのだ。

初歩的な調査によれば、礼楽灘周辺には1千億立方メートルの天然ガスと4億4千万バレルの原油が埋蔵されている可能性がある。地理的にはフィリピンに近く、フィリピンも資源探査の準備を進めている。中国が礼楽灘での資源探査に踏み切れば、フィリピンの猛反発は避けられない。そして礼楽灘で小競り合いが起きれば、中国は“領土防衛”を口実に中業島を侵略する可能性がある。南沙諸島で2番目に大きい中業島は、この海域におけるフィリピン軍の最大の拠点であり、中国が喉から手が出るほど欲しい滑走路があるからだ。

中業島の占領に成功したら、次の目標は約70キロ東にあり南沙諸島で3番目に大きい西月島(シーユエタオ)だろう。2島を手中にすれば、中国軍は南シナ海の支配力を一気に高められるほか、礼楽灘で資源開発を進める前線基地としての価値も高い。

権力闘争の危険な賭け

もちろん、これは中国にとって危険な賭けだ。フィリピン軍と本格的な戦闘になれば、米国は見て見ぬふりはできない。仮に何らかの事情で米軍が動かなくても、ベトナムが黙っていないだろう。中国軍の現在の前線基地である永興島がある西沙諸島は、ベトナムが領有権を主張している。中国が中業島を攻めれば、ベトナムは永興島を攻撃して補給線を断とうとするかもしれない。

格差拡大など国内社会の不満を海外にそらし、共産党の一党独裁を維持するためなら、中国の指導者たちは南シナ海を「火の海」にする賭けをためらわないだろう。(敬称略)

著者プロフィール
盧四清

盧四清

香港の中国人権民主化運動情報センター主席

1964年、湖南省生まれ。人民解放軍兵士だった16歳の折、民主化を求めて1年間拘束され解放軍から除籍。長沙市の南工業大学に入学、2年半で学部を繰り上げ卒業、コンピュータ専攻の大学院修士課程に入る。英、独、ロシア、日本語に堪能。89年の天安門事件では湖南省高自聯(大学連合会)主席として、20万人を超すデモを組織したが、事件後自殺未遂を経て1年間拘束される。93年、香港に亡命。プログラマー・アナリストのかたわら、94年に香港に人権組織を設立して主席となる。センターが発信した中国の内幕情報は現在までに3800件に及び、大部分が共同、時事はじめAFP、ロイター、APなどの通信社を通じて、世界の主要新聞に掲載されている。

   

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