「相馬工場」復活の底力 政府は「スピード感ない」

釡 和明氏 氏
IHI社長

2011年8月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋

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釡 和明氏

釡 和明氏(かま かずあき)

IHI社長

1948年長崎県生まれ(62歳)。71年東大経済卒業、石川島播磨重工業(現IHI)入社。76年旧経済企画庁に出向。87年米国IHIで6年近く海外勤務。04年執行役員兼財務部長、05年取締役常務執行役員兼財務部長を経て、07年より現職。財務畑一筋のエキスパート。信条は「誠実であること」。

写真/門間新弥

――ニューヨーク、ボストンでのIRミーティングから帰国されたばかり。外国人投資家は、日本の現状をどう見ていましたか。

釡 悲観的な印象は受けませんでした。むしろ日本経済のリカバリーは早い。4~6月期は苦しいが、復興特需が顕著になる下期から景気が回復するとの見方が多かった。

当社は前期決算で営業利益(613億円)が1977年以来の最高水準となり、連結で過去最高益(最終黒字297億円)を達成しましたが、さらなる期待を感じましたね。最も関心が高かったのは、世界の航空機エンジン部品を作る福島県相馬工場の早期復旧でした。万一、当社が独占供給するタービン翼(年間生産計画76万枚)がストップしたら、民間機向けエンジンの約半分のシェアを持つ米ゼネラル・エレクトリック(GE)などが生産困難に陥ります。相馬工場は壁の一部が落ち、床にヒビが入り、天井から照明が落下、大半の加工機械は横ずれするか、傾いていました。最も深刻だったのは変電設備が壊れ、すべての工場棟が電源を失ったことです。

被災地の従業員に「五つの約束」

――当初、完全復旧まで半年かかるとの見方もあり、サプライチェーン危機が叫ばれた。よく2カ月後にリカバリーできましたね。

釡 震災当日は東京・豊洲の本社に約2千人の従業員が泊ることになりました。社長室の隣に「全社激甚災害対策本部」を設け、夜を徹して相馬工場の支援を協議し、翌朝、人とモノを乗せた第一便を出しました。本社から依頼したわけではないのに、中越沖地震を経験した新潟原動機から真っ先に支援物資が届いたほか、グループ各社・各地区が支援に動きました。最優先したのは仲間の安否確認です。福島県の浜通りでは2千人もの方が亡くなっています。相馬工場の従業員約1500人の全員無事が確認できたのは1週間後のことでした。被災地の状況は深刻でした。相馬地区は福島原発から50キロも離れ、放射線量はまったく問題がないのに、風評被害から住民が県外に一時避難する動きが起こり、復旧工事を依頼した会社から「50キロ圏へは行けない」と断られたケースもありました。

――震災から11日後の3月22日、釡さんは「相馬地区の皆さんへの五つの約束」と題する社長メッセージを出しましたね。

釡 現地を統括する本部長に託し、従業員の皆さん一人ひとりに配ってもらいました。家を流されたり、身内に不幸があったり、生活の困難と不安の中で、復旧作業に懸命に取り組んでいる仲間を、IHIグループ全従業員で支え、励ましたいと思ったのです。

――ここにあえて「社長の約束」を紹介したいと思います。〈①皆さんと皆さんの家族の生活を全力で支えます。②皆さんの職場の再生のために全力を尽くします。③皆さんの生活の基盤である相馬地域の再生に積極的に参加します。④本社にて入手した情報は事業所と速やかに共有し、皆さんにお伝えします。⑤IHIグループ全員で皆さんを支えます。〉これ以上の励ましはありませんね。

釡 早期復旧は社内外の方々のご支援とご協力があってこそ実現しました。しかし、何より被災地の従業員が過酷な日々を乗り越え、底力を発揮してくれました。かつて当社の元社長、土光敏夫さん(元経団連会長)は「カネとモノは有限だが、ヒトの力は無限」と仰いました。相馬工場には世界の航空機産業の一翼を担う自負と供給責任を果たす責任感があり、「人力無限」を示してくれました。すべての工場棟に電源が通った4月15日(通電式)には、私も現地入りしました。この日ほど、電気のありがたみを感じたことはない。先端工場は電気がなかったら手も足も出ません。電源復旧後は土日も深夜も作業ができるようになり、5月13日に完全復旧に漕ぎ付けました。現在、2カ月のブランクを取り戻すため、緊急増産を行っており、今秋にはこれまでの遅れを解消できます。

市町村任せで遅れるがれき処理

――原子力ビジネスは厳しいですね。

釡 約500億円の事業規模が今期は4割減になると見ています。「脱原発」とはいかないまでも、「自然エネルギー」へのシフトが進むのは当然のことです。とはいえ、その高コスト負担に国民の理解が得られるのか、企業競争力はどうなるのか、不安はつきませんが、新たなエネルギーの活用が新たな事業を創出し、ビジネスチャンスにつながる面もある。原子力の比率が減る分、LNG、風力、水力、太陽光、石炭など当社の技術と照らし合わせ、エネルギー戦略を練り直しているところです。当社はLNGの貯蔵・搬送技術に優位性があるほか、風力では、洋上風力の需要を睨み、浮体技術の開発に取り組んでいます。石炭火力発電のボイラーでは世界一の高効率技術を有していますし、未利用エネルギーである低品位炭(褐炭)を、独自技術でガス化する実証試験も行っています。

――自動車向けのターボチャージャー(過給器)が絶好調ですね。

釡 前期は計画比20%の売り上げ増となりました。中国をはじめとするアジアのモータリゼーションに加え、環境規制が厳しい欧州で大きな伸びが期待できます。目下、欧州、タイ、中国などの生産・販売拠点がフル稼働しています。現在1千億円弱の売り上げを15年には1500億円に伸ばす計画です。

「相馬は元気です!」(4月15日に相馬工場で催された「通電式」)

――人工浮島にゴミ焼却プラントを載せ、大量のがれき(災害廃棄物)を洋上で燃やす新手法を提案していますね。

釡 被災地では現在、がれきを仮置き場に運び込む1次処理が進んでいます。がれきの最終処理には大型の焼却炉が必要ですが、新設するには地元住民との折衝に時間がかかります。東北3県ががれきの山では復興プランも進まないでしょう。何とかがれきの片づけをスピードアップしたい。幸い当社にはバージ(台船)を使用した人工浮島の技術と実績があるので、がれきを洋上へ運搬し、焼却処分することが短期間でできるのです。各省や自治体に提案していますが、「よいアイデアですね」と仰るばかりで、前に進みません。

行政の仕切りでは、がれきの処理は市町村の仕事で、大震災で役場が機能を失ったところは県が代行しています。被災した市町村だけにがれきの処理を任せるのは相当無理があると思います。将来的には「復興庁」に一元化するとも聞きますが、それまで市町村頼みでは困ります。復興という目的ははっきりしているのですから、政府が指導力を発揮して、被災地から一日も早くがれきがなくなるような抜本策を打ち出すべきですね。

   

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