カリスマ・ヘッジファンドも大損。米株式市場の中国系スキャンダルを演出した「空売り屋」の手口とは。
2011年8月号 BUSINESS
マディ・ウォーターズのウェブサイト
米株式市場で中国系上場企業を狙い撃ちにする「空売り屋」が猛威をふるっている。ニューヨーク証券取引所(NYSE)、ナスダック、新興企業向け店頭取引市場のOTCブリティンボード(OTCBB)などに上場している200社以上の中国系企業から、不透明な事業実態や会計操作の疑いがある企業を見つけ出し、厳しく追及する調査レポートを発表。同時に市場で空売りをかけ、株価を暴落させて稼ぐのが彼らの“ビジネスモデル”だ。
その殺傷力をウォール街に知らしめたのが、カナダのトロント証券取引所上場の林業会社、シノ・フォレスト(嘉漢林業国際)の株価暴落劇。6月2日、空売り屋のカーソン・ブロックが率いる調査会社マディ・ウォーターズ・リサーチ(www.muddywatersre search.com)が発表したレポートは、シノ・フォレストを「会社ぐるみの詐欺」と断定し、資産が大幅に水増しされていると指摘した。
前日に18カナダドル台だった株価は、わずか2日間で70%も暴落。シノ・フォレストは疑惑を否定したもののあいまいな反論しかできなかったため、6月21日には一時1.29カナダドルまで売り込まれた。
これだけで終わっていれば、ウォール街の耳目をさらうことはなかっただろう。だが、シノ・フォレストの大株主リストには、リーマン・ショックで荒稼ぎした“カリスマ投資家”ジョン・ポールソンが率いる大手ヘッジファンドの名があった。ポールソンはシノ・フォレスト株を一時19%まで買い進め、5月時点でも12.5%を保有していた。マディ・ウォーターズのレポート発表後に全株を売却したが、時すでに遅し。4億6200万カナダドル(約388億円)もの巨額損失を出し、米メディアがこぞって報じたのである。
シノ・フォレストと並んで注目を集めたのが、NYSE上場のIT企業、ロングトップ・ファイナンシャル・テクノロジーズ(東南融通)のスキャンダルだ。
4月26日、空売り屋のアンドリュー・レフトが率いる調査会社シトロン・リサーチ(www.citronresear ch.com)が不正会計疑惑を指摘するレポートを発表すると、株価がたちまち急落。5月下旬には同社のCFO(最高財務責任者)と監査法人が相次いで辞任し、NYSEはロングトップ株を取引停止にした。
中国系上場企業の不祥事そのものは、米市場では目新しい話題ではない。中国系の4分の3は経営不振の既存上場企業を「ハコ」にした裏口上場が占めており、以前から問題が頻発していた。だが、そのほとんどはOTCBBなどに上場する小型株で、時価総額も流動性も低く、投資家の関心は低かった。
しかしロングトップは違った。同社は2007年に投資銀行大手のゴールドマン・サックスとドイツ銀行の主幹事でIPO(新規株式公開)を果たし、会計監査は四大会計事務所のひとつのデロイト・トウシュ・トーマツ。怪しげな裏口上場組とは一線を画す健全企業と見なされており、年初時点の時価総額は19億ドル(約1540億円)に達していた。無名の空売り屋の告発でそれが紙クズと化し、大手投資銀行と会計事務所に赤っ恥をかかせたのだ。
マディ・ウォーターズとシトロンに狙撃された中国系企業はすでに23社。ほとんどの株価が暴落し、取引停止や上場廃止になったケースも少なくない。ちなみにマディ・ウォーターズの社名は「泥水」を意味し、中国語の「渾水摸魚(フンシユイモーユイ)」(泥水の中で魚を手探りする=どさくさに紛れて荒稼ぎする)という慣用句に由来する。不透明な中国系企業(泥水)に手を突っ込み、利益(魚)をつかみ取るという自信の表れだろう。
彼らは一体何者なのか。マディ・ウォーターズとシトロンは自社のウェブサイトで調査レポートを無料で公開し、空売り屋であることも認めている。だが、事務所の所在地も電話番号も明らかにしておらず、連絡を取るにはウェブサイトのフォームから送信するしかない。調査スタッフが何人いるのか、どのくらいの規模で空売りをかけているのか、資金の出し手が誰なのかなども不明だ。標的の中国企業に負けず劣らず、彼ら自身も怪しげな存在なのだ。
そもそも、上場企業のネガティブ情報を一方的に発表して空売りをかける手口は、株価操作の匂いがつきまとう。調査レポートの発表前に情報をリークして空売りを仕込んだり、レポートの内容が事実無根だったりすれば違法の可能性がある。
マディ・ウォーターズのブロックは、米メディアの取材に対して「我々はインサイダー情報は利用していない。同じ社内に調査部門と営業部門を抱える投資銀行よりもクリーンだ」と強調。シトロンのレフトは、「調査対象の企業から4度訴訟を起こされ、4度とも勝訴した」とウェブサイト上で語り、「信憑性は実績を見てほしい」と主張している。
空売り屋の手口の是非はさておき、より本質的な問題は、不正の指摘にまともな反論もできないイカサマ企業が米市場に多数上場しているという現実にある。
表面上は中国系企業のコーポレートガバナンス(企業統治)の問題に見えるが、それだけではない。中国ビジネスの現場を多少なりとも知っていれば、不正会計が日常茶飯事なのは常識。にもかかわらず、中国系企業に裏口上場を勧め、IPOを手配し、財務内容にお墨付きを与え、上場を認可し、買い入れを推奨し、資金を投じたのは、他ならぬ米国の投資銀行、会計事務所、証券取引所、ヘッジファンドなどだからだ。
リーマン・ショック後の世界金融危機のなか、成長期待の高い中国系企業の上場サポートは米投資銀行業界にとって数少ない“おいしい商売”のひとつだった。不正まみれのイカサマ企業でも、ばれないうちは全員が利益にあずかれる。こうした業界ぐるみの“共同幻想”が、中国系企業へのチェックを甘くし、空売り屋に付け入る隙を与えた。
しかし宴は終わった。米証券取引委員会(SEC)は4月、中国系上場企業の一斉調査を進めていることを明らかにし、不正があれば当該企業はもちろん会計事務所なども厳しく処分する姿勢だ。本誌が繰り返し報じてきたように、日本の株式市場にもセラーテム、チャイナ・ボーチー、新華ファイナンスのようなイカサマ中国企業が上場し、いまだ野放しになっている。証券取引等監視委員会は、経産省幹部のインサイダー取引だけでなく、SECの爪の垢でも煎じて中国系企業にもメスを入れるべきである。(敬称略)