ネットの「甲虫少年」放送行政の手綱取る

吉崎正弘 氏
総務省情報流通行政局長

2012年11月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 阿部重夫

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吉崎正弘

吉崎正弘(よしざき まさひろ)

総務省情報流通行政局長

1953年、富山県福光町生まれ、県立高岡高校を経て、79年に東京大学法学部卒、郵政省に入省。簡易保険局から通信政策局、総務省情報通信政策局などを経て、経済産業省官房審議官(IT戦略担当)、情報通信研究機構理事を歴任した。9月11日から現職。

――放送行政の元締の新局長が実は「熱烈昆虫少年」でした。9月にウェブで「吉崎ネット甲虫館」を公開、自ら採集した甲虫標本1万4千点の画像とデータを載せています。

吉崎 男の子はもとは誰でも昆虫少年なんです。スポーツ、ガールフレンド、勉強などで一人また一人脱落し、仕事、結婚とどんどん遠ざかって、50歳を過ぎても残っているのはよほど意志強固か頑固者でしょうね。でも、意外といるんですよ。霞が関では前経産事務次官の松永和夫さんだって、蝶のコレクターです。8割が蝶のファンなんですが、私は甲虫類です。

――やはり富山県南西部の生まれで、緑豊かな環境から昆虫好きに?

吉崎 最初は家の庭でした。昭和30~40年代は開発がまだ進んでいなくて、遠くへ行かなくても見つかった。甲虫を志したのは、蝶は国内に250種前後しかないのに比べ、甲虫は群を抜いて多い。カミキリだけで750種はある。オサムシ、ゴミムシ、ゾウムシという小さい甲虫は、何十万種類もあってどれだけいるか分からない。哺乳類は環境に自分を適合させ、機能を高度化させることで生き延びてきたが、昆虫は個体でなく、科や目というマクロを多様化させて4億年も生きた。人類なんて新参者ですね。

ICTと昆虫学の融合

――奥が深いんですね。

吉崎 今の幼い子はムシキングを知っていても、捕虫網を振りかざして野山を駆けまわらない。昆虫ファンが高齢化しています。このままでは、高齢化した愛好家が死んだ後、管理ができず、せっかく採集した標本が犬死にです。私は30年前、光ファイバーに画像と音声とデータが自在に飛び交う未来が来ると思って、郵政省に入省しました。当時はコンピューターや回線の能力が低く、安くて使える昆虫のデータベースは無理。現実に近づいてきたと思ったのは、ウィンドウズ3.1あたりです。集めた標本に番号を振って分類し始め、体長や採集地点のデータを記録し、6年前からデジカメで画像を蓄積して、やっとこの夏、公開にこぎつけた。

――なるほど、情報通信技術(ICT)と昆虫学の融合なんですね。

吉崎 両方を知っている人は極めて少ない。実は力仕事なんですよ。私の「甲虫館」もまさに労作です。国立科学博物館には250万点の標本があるが、データベース化がそれほど進んでいない。人手が足りない。私だって甲虫のシーズンは土日を返上、できれば金曜から飛び出します。丹沢、奥多摩、秩父、下総、そして富士、伊豆、三浦半島まで足をのばし、遠出は千歳、那覇、石垣の空港近く、さらに西表島で採集したこともあります。日曜夜には飛んで帰り、睡眠時間を削って月曜朝には分類を終えて出勤する。シーズンオフは整理とデータベース化です。少々のカネと時間と体力が必要ですが、学生時代はカネがなく、壮年は時間がなく、老年になると虫を追う体力がなくなる。その三拍子がそろう「黄金の時間」が僕のような50代から60代なんです。

――サイトの評判はどうですか。

吉崎 プロには物足りないでしょう。でも、甲虫は小さいものほど、とんでもなく奇妙な格好をしていて、見ていて飽きない。科学のデータだけど、どうせ見せるなら、特に「虫屋」以外のみなさんにへーっと声をあげてもらいたい。甲虫は図鑑も蝶ほど充実していなくて、同定ミスがあるかもしれないから、指摘してほしい。データベースは蓄積した量が問題です。大きいほど価値がある。他人の標本もリンクして、データの突合(とつごう)ができたらと思っています。「クラウド甲虫館」が夢です。早く退職して万全を期したい。

――局長になったばかりで、退職してもらっちゃ困ります(笑)。HTML5が普及すれば、テレビからPCからタブレット、スマートフォンまでシームレス。そういう時代に放送行政と通信行政はどうすべきですか。

吉崎 技術や社会があるから制度があります。その逆ではありません。いまの電波行政と通信行政は昭和20年代、戦後民主主義が始まった時代に骨格ができました。当時、電波には有限希少性、通信は低品質の音声だけという技術上の制約があった。電波は混信するので比較的限られた資源ですが、技術の進歩で有限希少性が薄れてきた。通信も映像が可能になりました。

必要な規制は存続させる

――通信の進化の恩恵を「甲虫館」も享受している。放送のほうは?

吉崎 甲虫館は1対1のパーソナルの通信です。携帯電話やスマホなどの移動体通信もそうですね。インターネットのストリーミングではマス的になり、もっと多くの人に情報を送る放送は視聴者一人当たりのコストが低く効率的です。ただインタラクティブ(相互的)な通信より受け身ですね。これからの行政もコンテンツを中心にした考え方になってくるでしょう。

――かつて通信と放送の融合が叫ばれましたが、融合が進みません。

吉崎 放送はウソとか極端なものを排す自己規律的な規制がなされていますが、ネットは無規律なメディアです。使う側が情報を選ぶリテラシー(解読力)を向上させることが必要です。ブラックリストやホワイトリストなど、ネットと放送の中間形態の規制もあるはず。HTML5が普及して、スマートテレビが放送に連動する時代が来れば、コンテンツ側のつながり具合がどうかと問われるようになります。コンテンツを中心に見た伝送手段の行政が講じられるようになり、自由な情報利用が進むようになるはずです。

――昆虫のように、放送局も個体としてでなく、科、目として進化し、生き延びるべきですかね(笑)。

   

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