數土 文夫 氏
JFE相談役・東京電力取締役
2012年12月号
BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌
1941年富山県生まれ(71歳)。北海道大学工学部卒業。川崎製鉄入社。2003年NKKとの経営統合により、初代JFEスチール社長に就任。2011年NHK経営委員会の委員長に選ばれる。今年6月同職を辞し、東京電力の社外取締役に転じ、話題を呼んだ。
写真/平尾秀明
――被災地に2度目の冬が来ます。
數土 野田首相の所信表明演説は心に残るものでした。この間、総理を突き動かしてきたものは、日本の将来を憂える危機感であり、何とかしなければならないという切迫した使命感だそうです。さらに、大震災が我が国に投げかけた難題、そして、それ以前から日本が背負ってきた重荷の数々。このまま放置すれば、5年後、10年後の将来に取り返しのつかない禍根を残す。もはや立ち止まっている時間はないと訴えました。総理の思いに共感する一方で、私は5年後10年後ではなく、この1~2年が我が国の命運を左右すると見ています。日本は3・11以前から「不治の病」に罹っていた。歴史に類を見ない超少子高齢化と財政危機、デフレ経済と円高にもがき苦しむ中で、大震災と原発事故に見舞われたのです。大化の改新、元寇、明治維新、第二次世界大戦、オイルショックなどと比べても未曽有の危機的状況にあるのに、切迫感がないのは異常です。
――米英メディアだけでなく、仏紙ル・モンドも「日本の政治はどんどん麻痺していく」と指摘しています。
數土 スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した2012年国際競争力ランキングにおいて、日本の総合順位は27位。民主党に政権交代した09年の17位より順位を下げ、台湾7位、韓国22位、中国23位の後塵を拝しました。ちなみに1989年から93年まで日本は1位。さらにショッキングなのは、調査対象59カ国・地域の中で、日本政府の競争力は48位、国家財政に至っては最下位の59位でした。
高度成長に成功した80年代の我が国は、世界から Japan as №1と持て囃され、世界史上稀にみる豊かで格差が小さく平和な国を実現したように見えましたが、今は Japan as the Worst であり、遠からず Japan is the Worst になりかねない。
元寇の世は防人が、明治維新では下級武士が身を投げ出し、国難を救ったが、「平成の国難」は世界一の豊かさからの転落であり、国際競争力が年々逆落としの国を立て直すのは容易でない。しかも、日本の現状は Right without Duty ではないか――。危機に目をそむけ、義務を果たすより権利を主張する人ばかりでは、いずれギリシャを超えるカタストロフに陥る。
――日本の政治は壊れていますね。
數土 比例区で選ばれた国会議員が、選挙が危ないから新党に鞍替えする。論語に『君子は義にさとり、小人は利にさとる』という言葉がありますが、自分の利益だけを考えて行動する議員を、誰が信用しますか。政治家も悪いがマスコミも情けない。博士号も医師の資格も持たない男のウソを報じた大新聞と、それを後追いした大通信社。連載中止に追い込まれた新聞社系列の週刊誌は『ハシシタ、奴の本性』という品性のかけらもないタイトル。商業主義に堕しています。上場企業なら即刻社長が辞めるところですが、そんな倫理観もないようです。
――NHK経営委員会の委員長をあっさり辞め、東京電力の社外取締役を無給で引き受けましたね。
數土 東電は国難そのもの。請われたのであれば尽くしたいとの思いから、任期2年の無給を条件に、お引き受けしました。東電の取締役会で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしながら、日本的大組織の弱点はダイバーシティを取り込めないことだと痛感しました。ダイバーシティとは多様性と訳されますが、その眼目は「異質との遭遇」であり、そこから敬意と新しい価値を生み出すことです。多くの日本メーカーの売上高の半分が輸出関連のご時世に、東電は完璧なドメスティックで、ダイバーシティの遅れは中央官庁や日教組、NHKと共通するものです。取締役11人のうち7人が社外から参画して来たのは、東電組織にとって驚天動地。そこに、やりがいと責任を感じねばと思いました。
――ダイバーシティが復活の鍵?
數土 日本は外国人労働者の受け入れが極めて少なく、米16%、独9%、英8%に比べわずか0.5%。韓国の2%よりも低い。国別の直接投資残高のGDP比も英51%、仏42%、米22%に比べ4%にすぎず、韓国13%、中国9%からも大きく引き離されています。さらに、日本の法人税は世界一高く、電気料金も韓国の約3倍、中国や米国の約2倍と、我が国の産業競争力を著しく低下させています。
よく少子化が経済停滞の原因といわれますが明らかな誤りです。出生率が日本(1.39)より低い台湾(1.07)、香港(1.19)、韓国(1.23)は、それぞれ5.7%、4.7%、5.5%のGDP成長率を達成しており、日本市場に魅力がなく、世界のヒトとカネが集まらないから、成長できない。
――どうしたら復活できますか。
數土 97年のアジア金融危機で国家財政破綻に陥った韓国の復活に学ぶべきです。韓国はグローバル人材の育成と語学力の強化に国力を注ぎ、わずか15年で国際競争力を回復しました。サムスンや現代など韓国一流企業の入社3条件は「TOEIC900点」「留学」「ボランティア経験」。彼らは激烈な国際競争の勝者であり、英エコノミスト誌は、2050年に韓国の1人当たりのGDPは米国を上回り、日本の倍になると予測しています。
残念なことに最近、日本から米ハーバード大への留学生は激減し、中国、韓国の半分以下になっています。また、各国の大学理工系比率を見ると愕然とします。中国41%、韓国38%、ロシア38%に比べ日本は18%にすぎません。日本が技術立国の誉(ほまれ)を取り戻すには国際化人材の育成と理工系高等教育の強化が不可欠だと思います。それには「産」「官」「学」が切磋琢磨するだけでなく、メディアも猥雑些事にかまけず、現状を直視し、国家国民を正しく導く役割を果たすべきです。