2014年10月号 BUSINESS
アルゼンチンで仮想通貨ビットコインを買う動きが活発になっている。同国は債権者の米投資ファンドとの協議がこじれ、デフォルトが発生。国民の一部は値下がり続きの自国通貨ペソよりもビットコインの方が安全と判断した。同様の現象は2012年に通貨危機に陥ったキプロスや、人民元への過剰介入や不良債権の蓄積に懸念が募る中国でも見られた。仮想通貨は脆弱な通貨を浸食するように、静かにその領域を広げている。
そして、この夏、ポスト・ビットコインが金融関係者の間で再び話題に上った。世界最大級だったビットコイン取引所「Mt.Gox(マウントゴックス)」の創業者であり、仮想通貨の「カリスマ」とされるジェド・マケーレブが7月末に新通貨「ステラ」の運営に乗り出したのだ。
本誌5月号で報じた通り、ジェドは09年にマウントゴックスを創設し、11年に売却。マウントゴックスの破綻直前の2月に「新たな仮想通貨を生み出す」と示唆していた。恒星を意味するステラ。その運営財団には、日本人ではMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの伊藤穰一所長が加わった。
財団によると「ステラはさまざまな通貨を送金できる分散型プロトコル」。関係者は「個人が保有するカネをステラとしてインターネット上に保管し、円やユーロ、ビットコインで引き出したり、ペソで送金したりできる仕組みを目指す」と語る。
ステラはビットコインを反面教師に、送金機能の強化を謳う。確かに利用してみると、ビットコインの決済は現時点で10分程度かかる一方、ステラの送金は瞬時に完了する。煩雑な手続きが必要な銀行送金と比べれば、格段にストレスが小さい。
しかし、システムの優位より先に、ステラには乗り越えなければならない課題がある。それはボラティリティ(価値変動)の抑制だ。米消費者金融保護局(CFPB)によると、ビットコインは今年に入り、対ドルのレートが日に最大8割暴落した。ステラもレートが乱高下すれば、送金にはとても使えない。
財団はステラの発行量を年に1%ずつ増やし、「金融緩和によるステラ安」を誘導して価格の安定を試みる。だが、金融筋は「より効果的な措置」として、中国ユーザーの制限に着目する。ステラの口座開設には現時点では「フェイスブック」(FB)の認証が必要だ。既に日米欧、ロシア、東南アジア諸国などで100万以上の口座が開かれたが、FB利用を禁じる中国では、口座を開けない。
13年末のビットコイン高騰は中国での利用急増が要因だった。金融筋は「ステラは価値が落ち着くまで、FB認証という壁で中国での利用急増を抑える」と見る。この中国外しが功を奏したか、ステラの対ドルレートは9月以降、1ステラ=0.002ドル前後に落ち着いている。
ステラを含め、仮想通貨の普及にはまだ時間が掛かるだろう。米政府は「仮想通貨は西部開拓同様に無法地帯だ」(CFPB)と素人の火遊びを警告しつつ、自国発の仮想通貨の世界標準化には強い関心を示す。一方の日本はどうか。マウントゴックス破綻直後、金融庁、消費者庁などの諸官庁が「管轄外」と主張し、責任逃れに終始したことは記憶に新しい。銀行、現金至上主義の日本で新たな動きが生まれる可能性は低そうだ。