大西 洋 氏
三越伊勢丹ホールディングス社長
2015年6月号
BUSINESS [インタビュー]
聞き手/本誌編集人 宮嶋巌
1955年東京都出身。慶大商卒。79年伊勢丹入社。長く紳士服に携わり、03年新宿本店メンズ館のリモデルを企画立案し、成功させる。経営企画部に移り、故武藤信一社長の薫陶を受ける。08年伊勢丹と三越が経営統合し、常務執行役員として三越へ出向。10年伊勢丹社長、11年三越伊勢丹社長を経て、12年より現職。
写真/平尾秀明
――三越銀座店の4月の売上高が前年4月と比べて43%増、更に前々年4月と比べても44%増と絶好調ですね。
大西 銀座店のインバウンド(訪日外国人客)売上が、昨年4月の倍の30%に達しました。今秋に銀座店8階に関税も対象となる市中免税店を開設し、ラグジュアリーブランドの衣料品・ジュエリー・時計・化粧品を揃えます。伊勢丹新宿本店も前年同月比18%増になりました。
――国内消費の回復は?
大西 中間層の消費は落ちたままです。それを富裕層の高額消費とインバウンドが支えています。消費増税と円安により諸物価が上がった割にお給料が増えないから消費は伸びない。ベースアップと夏のボーナスの増額によって、中間層の消費に火がつくことを期待しています。
――この十数年で百貨店全体の売上は年間8兆円台から約6兆円に落ちました。
大西 小売業は多様化しているのに各百貨店の同質化が進み、ワクワク感がなくなったからです。売れなければ返品するというノー・リスクの慣行にをかき、お客様にそっぽを向かれたのです。
――仕入構造改革は進みましたか。
大西 製造小売業のユニクロやZARAは安さで売れているわけではありません。生産から小売まで自前だから、原価が4500円の衣料品を1万円で売っても十分利益が出る。一方、百貨店は中間業者が入るから、原価が3千円の品物に1万円の値札を付け、それでも利益率は低いのです。当社が自社企画商品に力を入れるのは、原価率を高めた価値ある商品を、しっかり販売したいからです。
――仕入構造改革の割合は?
大西 売上高の約15%に達しました。例えば婦人靴ブランドの「ナンバートゥエンティワン」。4年前に3千足でスタートし、現在6万足になりました。お客様の足型データに基づく木型を作り、10人のデザイナーと技術力のある複数の工場のマッチングに成功しました。人気の販売価格帯は1万9千~2万4千円ですが、2万5千~3万円の値打ちがあります。婦人服、寝具、タオル、さらには食品にも拡大し、25%を目指します。
――店頭の販売員の呼称を「スタイリスト」に統一したのは、なぜですか。
大西 新宿本店の紳士服売り場に新人として配属された私は4年間、接客と販売に明け暮れました。販売の現場が一番キツく、大変でした。店頭に立った瞬間から社長、新入社員の別なく、我々はお客様と接する緊張感を持たなければなりません。最も大切な「お買い場」(売り場)の同僚を「販売員」と呼ぶのはどうなのか、ずっと疑問に思っていました。これまで百貨店は業績が悪化すると、店頭の人手を減らし、人件費を削ることを繰り返してきましたが、販売スタッフの労働環境が悪く、疲弊していたら、最高のおもてなしはできません。販売のプライドを取り戻すきっかけにしたかったのです。
――売上に応じた報酬を出す制度を検討しているそうですね。
大西 当社の店員の平均的な売上は年2千5百万~3千万円ですが、中には2億円以上売る人がいます。それでも従来は、お給料に月1~2万円の上乗せだけでした。インセンティブを導入することでこれからは役員より高給取りの販売専門職が誕生する可能性があります。
――抜きん出たスタイリストのおもてなしの技を映像やデータに記録し、見える化しているそうですね。
大西 お買い場の生産性向上は、小売業にとって永遠のテーマです。ビデオカメラなどを設置して、習熟度の異なるスタッフの動きを科学的に分析し、売る人と売らない人の接客時間の差が鮮明になりました。まだ試行錯誤の段階ですが、やがてはお買い場ごとに、どんな研修を行い、どんなキャリアと属性の人財を配置すると、お買い場の生産性が上がるか、わかるようになると思います。人財はコストではなく価値を生み出す財産です。収益力の高い自主編集コーナーには、優秀なスタイリストを揃え、販売の質を向上させます。最高の接客の中で、本当に価値ある商品をリーズナブルな値段でお買い求めいただきたいのです。そこで収益が上がった分を、先ほど申し上げたインセンティブのようなかたちで還元できないか検討しているところです。
――大西流「抜本改革」の手応えは。
大西 まだまだですね。日本の消費で急成長しているのは、市場規模が約13兆円(小売全体の約10%)のeコマースだけです。米国は既に30%に達しており、おそらく5年後は日本も30兆円規模になっているでしょう。当社のeコマースは、まだ100億円程度と遅れており、上半期に新たなビジネスモデルを立ち上げる予定です。
百貨店の主役は婦人服であり、傍流の私は社長候補ではなく、社長の座を意識したことはありませんでした。ところが、「ファッションの伊勢丹」を確立し、三越との統合を成し遂げた武藤信一社長が亡くなる前年、伊勢丹の社長に指名されました。私は経営企画部時代に武藤から鍛えられたことが忘れられません。役員会の後、「基本的には」とか「原則的には」とか前置きをして自分の意見を言わない奴はダメだと教わりました。自分が正しいと思うこと、やりたいと思うことを、理屈をつけてやらない者を一番嫌い、自らリスクを背負って結論を出す者にチャンスを与える、武藤の眼力に触れることができました。
――「中興の祖」と謳われた武藤氏は、なぜ、大西さんを指名したのでしょう。
大西 私にもわかりません。そもそも傍流で社長候補ではない私は気楽で正直にはっきりものを言う(笑)。そこが新鮮だったのかもしれませんね。武藤が亡くなり非常に戸惑いました。生きていたら何と言うだろう、どうしただろう、こんなに悩んだだろうか……と、常に自問自答しながらやってきました。その薫陶を忘れた日はありません。