米国の巨人に挑むEU。日本も個人情報保護法改正案を審議中で、「立法による通商・産業政策」への萌芽に。
2015年6月号
GLOBAL
特別寄稿 : by 板倉 陽一郎(弁護士)
独占禁止法適用について語るEUのマルグレーテ・ヴェスタエアーEC委員(4月15日、ブリュッセル)
AFP=Jiji
2015年4月15日、欧州委員会(EC)がグーグルに対し独占禁止法上の懸念を示す異議申立書を送付・公表した。内容は、①比較販売について、グーグルが自分のショッピングサイトを検索結果の上位に置いているのではないかという懸念、②アンドロイドOS(基本ソフト)について、グーグルが自社製アプリとサービスを抱き合わせ、他のOS、アプリ、サービスを排除しているのではないかという懸念の二つだ。
09年のマイクロソフトとEC独禁当局の激しい争いを想起すれば、結局、いつか来た道で、インターネットを巡る欧米の代理戦争とも見える。しかし立ち止まって考えてみれば、グーグル・インクは欧州法人ではなく、カリフォルニア州マウンテンビューに本社を構える米国法人である。なぜ、ECに従わなければならないのか。グーグルの欧州子会社の存在は簡単に確認できる。Google UK Ltd.(英)、Google Germany GmbH(独)などだが、ECの標的はこれら欧州子会社なのか。
否。先の異議申立書で、マルグレーテ・ヴェスタエアーEC委員(競争政策担当)は「委員会の異議申し立ては、欧州で活動する事業者が、人為的に欧州の消費者から最大限の選択肢を奪ったり、イノベーションを行き詰まらせたりする(stifle)ような場合には、その事業者がたとえどこで設立された法人であっても、欧州連合(EU)の独占禁止ルールを適用する」としている。つまり、ECの標的はグーグル子会社でなく米国の総本山グーグル・インクなのだ。
このように直接、外国人(外国居住の自然人、外国所在の法人のこと)に法令の効果を及ぼすことを法令の域外適用という。ある国家がある法令は外国人にも適用する、と定めた場合、その通りになるのである。
国家権力は原則として国境を越えないから、外国人に法令遵守義務を負わせるのは不当ではないか。「法の不知は許さず」(Ignorantia juris non excusat)がローマ法以来の伝統である。しかしこの「法」は居住地の法を示すはずだ。外国で成立した法律について、しかもその外国に行っていないのに、遵守を強制させる根拠は何か。
ここでは国際法上認められてきたいくつかの基準がある。まず、法令の適用は属地主義が原則である。対象が誰であろうが、領域内での行為に対して国家は法令を適用する。消極的属人主義という考え方もある。自国民を保護するために、外国での自国民に対する行為に対して法令を適用するというものであり、日本でも例えば、刑法の殺人罪ではこれが認められている。
ECがグーグル・インクに独占禁止法を適用する理屈は効果理論(effect doctrine)と呼ばれる考え方だ。外国人――この場合は米国法人であるグーグル・インクによる行為の結果、欧州域内に効果が発生するのであれば、法令を適用してよいということが理論的背景となる。
つまり、ECは理論的背景をもってグーグル・インクと対峙している。米国も独禁法を域外適用しており、域外適用される場合の調整メカニズムが存在することも考えれば、冒頭の事案を欧米の単なる代理戦争と考えるのは妥当ではない。
翻って日本はどうか。域外適用を定めた例がなかったわけではない。刑法には伝統的に域外適用の条項があり、資金決済法などにもみられる。しかし独占禁止法ではほぼ行われておらず、個人情報保護法でもなされてこなかったが、この1月に通常国会に提出され、審議されている個人情報保護法改正案には関連する条項が含まれる。
一つは上記の域外適用である。日本の国民の個人情報を最も多く握っているのは、グーグルやフェイスブックといったシリコンバレーの企業であり、ある意味必然である。なお、域外適用の根拠としては、日本の国民を対象としたサービスであるかという標的基準(targeting criteria)が採用されているようにみえる。
これと表裏の関係に立つのが、越境執行協力に関する条項である。域外適用をいかに定めても、執行機関が外国に乗り込んでいって排除措置等を行えるわけではない。そこで当該外国の執行機関に情報提供を求めたり、現地法違反の意見を述べて執行を促したりするのが越境執行協力である。
これらが立法されると、どういうことになるのか。欧州の独占禁止法事案で問題となった日本企業で、担当者として携わった経験のある弁護士に尋ねたことがある。「それって日本の公取(公正取引委員会)は何かしてくれたの?」と。「いや、特に何も」という回答であった。確かに、独禁法の域外適用に関する調整メカニズムは事後的である。具体的には、外国が独禁法を日本の企業に域外適用した場合、競合を避けるのがメーンとなろう。であれば、政府は何もしなくとも、常に調整を果たしていることになる。それでは政策とはいえないのではないか。
域外適用は、国家主権を一部侵すものである。国家は、政府は、戦わなければならない。少なくとも戦うための武器をもたねばならない。個人情報保護法改正案にみられる二種の条項には、その萌芽がみられる。つまり、域外適用条項は、消費者保護のためでもあるが、イコールフッティングの確保のためでもある。日本の国民を相手にするサービスが、日本の基準に従わないことを許さない。これは対内的な産業政策の側面を持っている。
他方で、越境執行協力は、通商政策の側面を持っている。つまり、域外適用法令の国内執行に実効性がない場合(ECがグーグル・インクに独禁法に基づく課徴金を課す場合、EU内における財産も観念でき、国内執行でも実効性があるであろう)、現地の執行当局に執行協力を求めることになる。この外交交渉により、どこまで日本の基準を外国企業に守らせることができるのかは、対外的な通商政策の問題である。
つまり、域外適用と越境執行協力の導入は、立法による産業政策や通商政策の一面を持ち、また、その中での位置付けを見定めつつ運用されねばならない。個人情報保護法に導入されようとしているのは、歴史的経緯もあるが、これを様々な分野に広げ、政策としての実効性を持たせていけるのか、日本の胆力が試されていよう。