「IWC決定は非科学的」と拳を上げる自民党水産族議員。国際司法裁判所に逆提訴!
2015年6月号 LIFE
捕鯨は悪なのか。国際司法裁判所が日本の南極海調査捕鯨の中止を命じたのは昨年3月。半年後の9月には国際捕鯨委員会(IWC)総会で日本を狙い撃ちにした調査捕鯨の妨害提案が可決された。欧米の反捕鯨国に包囲網を敷かれ、日本の捕鯨の命運は風前の灯にさえみえる。だが、水面下で逆襲の準備は着々。日本政府は来年にも国際司法裁判所にIWC決定の無効を求めて逆提訴すべく、密かに爪を研いでいる。
調査捕鯨に出港する日新丸
AP/Aflo
捕鯨はヨーロッパで千年以上前から行われてきた。そもそも欧米各国の乱獲によって生息数が減ったため、肉や脂を目的にした大型鯨類の商業捕獲は1987年以降、国際的に禁止された。商業捕鯨の再開を目指す日本は、鯨の種類によっては十分な生息数が存在することを立証するため、科学的な調査を目的とした捕鯨(調査捕鯨)を続け、反捕鯨国と世界中で激しく対立してきた。
鯨を巡る対立構造を概観すると、欧米、豪州、ニュージーランドが反捕鯨の急先鋒。日本の捕鯨船に体当たりしたり、薬品の入った瓶を投げ付けるなどテロリストと同類の反捕鯨団体、シー・シェパードを手先に使い、日本やアイスランドといった捕鯨国に圧力を掛けている。特に豪州は国内で反捕鯨の世論が強い。世論受けを狙った豪州政府は、シー・シェパードが豪州を拠点に反捕鯨テロを繰り返すのを黙認する一方、日本が南極海で実施してきた調査捕鯨の中止を求めて2010年に国際司法裁判所に提訴した。
実は昨年3月の国際司法裁判所の判決直前、国内には楽観ムードが漂っていた。外務省が「日本が負ける理由はない」などと誤った見立てを政府内で垂れ流していたのだ。ところがふたを開ければ完敗。外務省もメンツは丸潰れでさぞかし反省しているかと思いきや、さにあらず。続く9月にスロベニアで開かれたIWC総会では、加盟国に対してろくに根回しも多数派工作もやっていない怠慢ぶりが白日の下に晒された。日本が求めたミンク鯨の捕獲枠拡大提案は否決、ニュージーランドが提起した日本の南極海調査捕鯨再開を妨害する提案は賛成多数で可決され、日本は再び完敗を喫した。
昨年の総会では、もともと日本シンパだったアフリカ諸国が次々に欧米の反捕鯨側に寝返った。国内の捕鯨関係者は「我が国の支持国だった中部アフリカのガボン共和国代表の席に明らかに欧州系の白人男性が座り、日本叩きの提案に賛成していた」と憤る。自らの提案を通すため、経済援助とバーターでアフリカやカリブ諸国から票を買うのはIWCでは半ば常識。反捕鯨国は裏工作を繰り返して親捕鯨陣営を切り崩したが、日本の外務省は相も変わらず緊張感に欠け、白いアフリカ代表に足元をすくわれたわけだ。
「国際司法裁判所の判決から1年以上たったが、まだ判決文の全訳もできていないのか」――。今年4月14日午後、東京・永田町の自民党本部で開かれた捕鯨議連の会合で「ハマコーJr.」こと浜田靖一元防衛大臣が吠えた。大物水産族の一喝に同席していた外務省幹部は「近々公表できるよう準備中です」と平身低頭するばかり。議員達の冷ややかな視線が外務省に集まった。
反捕鯨国の攻勢を押し返すには、無為無策の外務省やパワー不足の水産庁頼みでは心許ない。そこで自民党の若手議員が動き出した。中心人物は和歌山県選出の鶴保庸介参院議員。和歌山県は欧米の動物愛護団体から批判が強いイルカ追い込み漁で有名な太地町を抱え、捕鯨は地元でセンシティブな問題だ。
鶴保議員は国際的な法律事務所の有力弁護士と議論を重ねるだけでなく、「海外での訴訟経験が豊富な大手企業も回り、世界を相手にした法廷闘争やPR合戦のノウハウを蓄積している」(自民議員)とされる。
国際法廷闘争のポイントは、昨年9月のIWC総会で否決された日本のミンク鯨の捕獲枠拡大案だ。この提案は、事前に海洋生物学の専門家が集うIWCの科学委員会でOKを得たもの。にもかかわらず否決されたことで日本政府関係者は「IWCは科学的な根拠に基づく提案を政治的な思惑で葬り去った。IWCは自らの非科学性を自分で証明したも同然だ」と力説する。
2016年に予定される次回IWC総会で日本は再びミンク鯨捕獲枠の拡大を提案し、仮に否決された場合、日本政府は「IWCの決定は非科学的で無効」と訴え、国際司法裁判所に舞台を移す事態を想定している。
捕鯨を巡るIWCでの日本と欧米の争いは半世紀前から続き、非常に根が深い。鯨は愛護すべき特別な動物だと主張する欧米と、食料と捉える日本の間には埋めがたい溝と軋轢が存在する。
かつて、IWC総会会場で日本政府代表が反捕鯨国の代表団から「これはお前達が殺した鯨の血だ」の罵声とともに赤インクを頭から浴びせられたり、韓国政府代表が日本人と間違われ、動物愛護団体のメンバーに殴られたこともある。仮に日本が国際司法裁判所に逆提訴し、何らかの結論が下されても、感情的なしこりは決して消えることはないだろう。
捕鯨国と反捕鯨国が答えの出ない泥仕合を延々と繰り返す間に、中国という大きな影がIWCに、そして鯨に忍び寄っている。13億人の人口を抱える中国が国民のタンパク源を確保するために、捕鯨実施を宣言するXデーは遠からずやってくる。仮にXデーがくれば「捕鯨を取り巻く国際環境は激変する」と日本の水産関係者は語る。
兆候はある。昨年3月の国際司法裁判所判決の際、16人の裁判官のうち、中国人判事は欧米出身者とともに日本の主張を退けた。他方、調査捕鯨の規制案が可決された9月のIWC総会では中国は採決を欠席し、賛否を明らかにしていない。捕鯨に対する国際世論の動向を眺めながら、「小鬼子」日本にはノーを突き付ける一方、調査捕鯨自体は否定せず、自分たちの選択肢を残すしたたかな中国の姿が見て取れる。
中国が捕鯨に手を付ければ、シー・シェパードの妨害活動など物の数ではない。自民水産族議員は「人民解放軍が捕鯨船に帯同して、活動家連中に実弾を浴びせるんじゃないか」と冗談交じりに笑う。そのときは中国に南極海を席巻され、シー・シェパードだけでなく、日本の捕鯨船団も南氷洋から弾き出されるかもしれない。