ラグビーW杯危うし。「五輪のドン」森がネックで、細かすぎて業者選定が進まず、官邸が焦りだした。
2015年6月号 DEEP
旧国立競技場は解体されたが、その後は?(3月31日)
Jiji Press
えらいことになった。本誌が報じた解体工事の入札トラブルで遅延した東京・神宮外苑の新国立競技場の工事が、2019年のラグビー・ワールドカップ(W杯)に間に合わなくなりかけており、20年東京五輪のメーン会場も危うくなってきたからだ。
大型連休の直前の4月28日、文部科学省の山中伸一事務次官、久保公人スポーツ・青少年局長が首相官邸に呼ばれた。2人を呼んだのは内閣官房副長官、杉田和博である。わざわざ文科省の最高幹部を呼びだしたのは、このままでは新国立が東京五輪にも間に合わない、と憂慮したからだ。
無理もない。昨年7月に始まる予定だった解体工事の入札が、国立競技場の運営主体である独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)と、フレームワーク設計を担当する日建設計の不手際と不透明により、内閣府の委員会にやり直しを命じられ、5カ月も遅れたからだ。結局、南と北の2工区を最大手と二番手がそれぞれ受注する「痛み分け」になった。解体は順調に進み、5月連休明けに「撤去完了」と報じられた。
ところが、本体工事のゼネコンがいまだに正式決定していない。本命は大成建設と竹中工務店といわれているが、「3月末には決めないと工程上厳しい」という情勢なのに、5月になっても決まらないのだ。
新国立は、イラク人の女性建築家ザハ・ハディドの奇抜なデザインを採用して「景観破壊」と批判を浴び、3千億円に膨れ上がった総工費を圧縮するため設計変更を余儀なくされた。それでも「開閉式屋根」にこだわったため工期短縮が難しい。
ただでさえ、震災復興と都心のビル建築ブームで人手確保が困難になり、現場作業員は日給3万円と世界一の“高級取り”だ。民間の建設案件は22カ月先まで待たされる「クラウディングアウト」状況だけに、新国立が民間の景気回復に水を差しかねず、サブコンなど建設業界が騒ぎだした。
官房副長官の前で文科省の2人はどこがボトルネックかを説明したようだ。別の関係者によると、ネックは五輪組織委そのもので、「森(喜朗)会長のところですべてがストップしている」という。元首相は何でも自分で抱えこむ「マイクロマネジメント症候群」で、なにせ細かい。3月23日に肺がんの手術を受け、体調不良も手伝ってますます決断が遅くなる状況になっている。
森の細かさは、例えばこんな逸話がある。この正月、総理の安倍晋三と会った森は、安倍のネクタイを指さして「いいネクタイをしてるな」と褒めた。安倍が「ありがとうございます。どなたかから頂きまして」と礼を言うと、森は間髪入れず「贈ったのは俺だ」。ネクタイ一本から酒一瓶に至るまですべて覚えているのだが、細かいところに囚われて大きな差配ができず、何事も膠着したままになる。東京都の五輪準備局の幹部も「まだ大枠のマスタープランさえできていない」と頭を抱えている。
組織委事務局のある虎ノ門ヒルズには巨大利権に群がる関係者が押し寄せているが、森が利権調整を人任せにできないので「船頭多くして役立たず」ばかり。事務総長の武藤敏郎・元財務事務次官はもっぱら寄付集め要員で、口出しできない。森の側近である河野一郎JSC理事長らラグビー人脈の面々は、気を回して先に進めだすと、たちまち森が不機嫌になるので、腫れ物に触るように「会長にお任せ」を貫いている。
いわんや、ラグビーW杯に新国立が間に合わず、「W杯決勝を秩父宮ラグビー場でやる羽目になる」とか、「サッカー界に頭を下げて横浜スタジアムか埼玉スタジアムを借りなければならないかもしれない」などとはとても言い出せない。Jリーグ日程にも影響するし、芝も荒れるため大騒動になる。ラグビーW杯はすでに全国12会場を選定、震災復興の鳴り物入りで釜石にまでラグビー場を新設することにしたが、メーン会場なしでは絵に描いた餅だ。
いずれにせよ、JSCの事務能力の低さは、解体工事のゴタゴタでも明らか。日建設計も手を広げすぎて、巨大建設工事のマネジメントが疎かになっており、人手と予算の制約があるなかで突貫工事でも間に合わせられるかどうかはおぼつかない。森がラグビー界の身内を囲い込んだことが、今さらのように仇になっている。
5月13日、文科省の外局としてスポーツ庁を設立する法案が成立した。初代長官には民間人の起用が取り沙汰されているが、合わせて五輪担当相が生まれるとの見方もあり、その最右翼はスポーツ議員連盟幹事長でラグビー人脈の遠藤利明衆議院議員(自民党)といわれている。
今秋と目される内閣改造で、晴れて遠藤が五輪担当相の座を射止めたとしても、初仕事がW杯開催返上とか、ザハ設計を断念して屋根を開閉しない簡単な競技場にする役目ではシャレにならない。ラグビー協会長でもある森が雷を落とすのは必至で、誰が森の首に鈴をつけるか――は深刻な政治問題になりつつある。
もうひとつ、文科省の山中次官ら2人が杉田に訴えたのは、財務省がつける東京五輪関連予算の増額だった。この件については、すでに下村博文文科相の方からも「あまりにギリギリ過ぎて、予算不足で工事が滞る場合も考えられる」と文句が出ていたのを杉田も聞いている。森はかねて下村を「目の上のタンコブ」視してきたので、新国立の遅れを文科省のせいにしかねず、政争の火種になる恐れもある。
五輪の予算査定をケチったがために、新国立が遅れたとあっては一大事だ。杉田は財務省の香川俊介事務次官、田中一穂主計局長らに聞いたという。たまたまアゼルバイジャンのバクーで開かれたアジア開発銀行(ADB)年次総会出席のため外遊していた麻生太郎財務大臣は跨いでの話だが、新国立の遅れを財務省の責任にされたら麻生も黙っていないだろう。
6月までに新国立の建設業者が決まらないと、7月以降は官庁異動シーズンでさらに遅れる恐れが出てくる。森に組織委トップを委ねた安倍首相の面子は丸つぶれ、責任まで問われかねず、杉田が裏で必死に尻を叩くのだろうが……。(敬称略)