志民が支える「森里川海」プロジェクト

地域の暮らしを支える「森里川海」を蘇らせる、官民一体の国民運動が始動。

2015年7月号 BUSINESS
特別寄稿 : by 吉澤 保幸(場所文化フォーラム名誉理事)

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昨年高野山で開かれたローカルサミットのようす

アベノミクスの第三の矢として注目が集まる地方創生。具体化が急がれる中、政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が各自治体等への指令を発出している。

そんな中、各地域はどのように地域創生の姿を描き出すべきなのか。年初来、各地でさまざまな声を聞く機会があった。

「まち・ひと・しごと創生では、小さな集落は見捨てられるのではないか」(住民)、「ボールは地方にある、早く描かないと消滅が加速するぞ、と煽られている感がある。その中で計画を描かなくてはならない」(自治体幹部職員)といった声である。

こうした声の背後には、政府の目線と地域の思いのずれがあるようだ。「急速に高齢化が進む首都圏が抱える諸問題を解決し、安心かつ快適な暮らしを確保していく上で、地方に『しごと』を呼び、『ひと』が集まり、『まち』を創るという好循環を作ることが不可欠。そのためには地方の生産性を高め、第一次産業やサービス業の持つ潜在力を最大限引き出していく」というアプローチでは、グローバル戦略の下に効率的な都市空間を作るいわばミニ東京創出の姿も垣間見える。

政府は地方創生へのアプローチとして、グローバルとローカルという二つの軸を据えており、それ自体は正しい。だが地方創生イコール地方でのフロー経済の拡大・創出、そのための労働生産性アップなど、グローバル経済と同じお金の物差しでローカルの経済社会問題を解こうとしていたのでは、解決にならないだろう。

環境省がプロジェクト

そもそも地域経済社会においては、長く「自給」と「結い(助け合い)」という土台の上に「稼ぎ」の世界があった。それが無事で安心な暮らしの原点であった。しかし戦後70年間で、人と自然、人と人の関係が切り崩され、この姿が逆転してしまった。

リーマンショック以後、消滅都市と呼ばれている中国地方などの多くの町村にU・Iターンが急増している。これをリードしているのは、子育て世代の女性たちである。都会では共稼ぎでも子どもを育てることは難しいが、地方では月収20万円でも子育てができるという現実がある。それを担保できているのは、おすそ分け(自給)や地域での子育て支援(結い)というお金では換算されない世界がまだ残っているからだ。

しかし、非貨幣的な世界を支えてきた自然資本や社会関係資本、そして人的資本などの豊かな地域ストックは、この70年間、都市の大量消費や人口集中の中で失われてきてしまった。したがって真の地域創生は、失われた地域ストックの長期にわたる再生を主軸に据えなくてはならない。

昨年11月、自然との共生・循環を掲げる「第7回ローカルサミット」が高野山で開催された(注1)。その最終日、私は最終総括として、出席者にこう呼びかけた。

「鎮守の森や海を守り、森里川海連環の観点から新たなつながりを再構築するため、幅広く『志金(志のあるお金)』を集め、それを活かす方途を探れないものでしょうか。また、未来を創る子どもたちに、もっと豊かな海辺や森の自然に触れ、五感を研ぎ澄ます時間を持てるような仕組みができないものでしょうか」

翌12月、環境省はこれを受ける形で「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクト(注2)を立ち上げた。勉強会や各種シンポジウム等を通じ、学識経験者や全国各地の首長等を巻き込み、国民運動を展開する方針。近くその中間とりまとめが発表される。各地の市長会レベルでもこの動きを後押ししており、政府もこうした自然ストックの再生に目を転じようと模索し始めている。

「新たなまつりごと」に期待

開催中のミラノ万博で日本館を飾るコウノトリの舞。絶滅危惧になってから復活までは40年強の時間を要したが、コウノトリが舞う風景を再生した兵庫県豊岡市ではその間、行政と地元住民、子どもたちによる粘り強い自然環境の保全・改修への取り組みを続けた。現在は減農薬・無農薬によるコウノトリ米のブランド化を実現。さまざまなグリーン経済(フローの創出)が生まれ始めている。

また、水俣市は環境未来都市宣言により、環境政策(エネルギーの自給等)を軸に、グリーンツーリズムなどで地域創生を図ろうとしている。その背景には、60年近くの時間をかけてこの地域で不幸にも毀損してしまった、豊かな不知火の海(自然資本)と人と人のつながり(社会関係資本)を、「もやい直し」という運動論によって再構築してきた貴重な経験がある。

そうしたことを念頭に、私は地域の人々にアドバイスする際、「依存から自立への道に歩み出すには、地域資源の地域内循環の促進(エコビレッジ構想)と同時に、地域の各種ストックの毀損を修復しつつ、100年後の未来の世代に何を残すかを積み上げていくことが大切。そのために、この間分断されてきた『森里川海』のつながりを未来の子どもたちと一緒に取り戻そう」と話している。

環境省のプロジェクトを民間側から支える取り組みとして、場所文化フォーラムは「推進志民会議」(図)の組成を呼びかけている。志民(志をもつ人)から幅広く志金を集め、それを活かす方法を自ら協議するもので、4月以降、秩父、富山、みなかみ、柳川等で立ち上げ、7月の高野山での全国大会を経て国民運動への展開に動き出す予定だ。ここでの志金は、未来の子どもたちへの貯金であり、自然の恵み(うなぎの復活など)を将来生んでいく温かなお金の流れを形成することになろう。

こうした「新たなまつりごと」の枠組みが、真の志民自治の形で新たな日本の地域社会の姿を描き出す一歩になれば、と期待している。

著者プロフィール
吉澤 保幸

吉澤 保幸

場所文化フォーラム名誉理事

   

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