「横暴アップル」を叩く公取委

シェア5割超を盾に不平等契約で「実質ゼロ円」を操り、通信料を高止まりさせた疑い。

2016年11月号 BUSINESS

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iPhone7の発売初日、早朝からオープンした東京・表参道のソフトバンク店頭(9月16日)

Photo:AA/Jiji

「アップルを懲らしめるには今が絶好のタイミングですよ」と耳打ちするのは、通信業界に詳しいある有力アナリストだ。

公正取引委員会(杉本和行委員長)が8月2日に発表した「携帯電話市場における競争政策上の課題について」に話が及んだ途端、身を乗り出してきた。「携帯電話事業者や霞が関では、日本でのアップルの振る舞いをみな忌々しく思っている」という。シェア55.5%(昨年の総務省資料)に達するiPhone人気を背景に、アップルの優越的地位の乱用が目に余るというのだ。結果的にスマートフォン(スマホ)の通信料高止まりの“裏”の要因になっているとも。

MVNO育成にも限界

杉本和行公取委員長

Photo:Jiji Press

昨年9月、安倍晋三首相が経済財政諮問会議で携帯料金引き下げを指示し、総務省は有識者によるタスクフォースを立ち上げて検討を始めた。ただ、携帯料金が届け出制のため、官が民に料金について直接「指導」はできない。そこで、携帯3社による協調的寡占にメスを入れるには、携帯電話事業者(MNO)から無線網を借りてサービスを提供するMVNO(仮想移動体通信事業者)を育成し、競争環境を整える戦略を推し進めることが重要と結論づけた。

問題となるのが、MNOによるiPhoneの「実質ゼロ円」販売。毎月の通信料から端末の割賦代金に相当する額を割り引くことで、2年間使用するとiPhoneが実質ゼロ円で手に入るというもので、多くのユーザーが利用している。約10万円もする高級機iPhoneが見かけは無料で利用できるこの「端末補助金」の仕組みがあるからこそ、iPhoneはここまでシェアを伸ばすことができたのだ。

ソニーやシャープなど他社のスマホも同様の“買い方”ができるが、「アップルはMNOに販売面でiPhoneを優遇する契約を強要している」(関係者)と言われ、他社製スマホの存在感は薄い。ただ、MNOとて10万円もする端末を「本質ゼロ円」で販売したのでは割に合わない。端末補助金分は通信料に上乗せされており、これも通信料が下がらない要因の一つだ。

一方、「格安」をウリにするMVNOは、通信サービスと端末の販売が完全に分離しており、MNOのような一体販売による補助金施策は打てない。そもそも、余計なコストを省くことで格安を実現しているので、端末補助金などを行えば本末転倒。だからMNOの「実質ゼロ円」が続く以上、MVNOを軸とした競争政策にも限界がある。

実際、携帯電話の総契約数におけるMVNOのシェアは6・1%と低迷し、寡占3社に続く第4の勢力にはなり得ていない。タスクフォースの提言を受けて総務省は今年3月に「実質ゼロ円」の是正を盛り込んだガイドラインを各MNOに通知した。ただ、2007年に通信と端末の販売分離を要請した際、端末の販売数が約2割も急減する「官製不況」を招いた苦い経験もあり、ガイドラインでは「端末の調達費用に応じ、合理的な額の負担を求めることが適当」という玉虫色にとどめた。

「ガイドライン作成には公取委も参加しているので、官による価格統制を連想させる“何円以上ならOK”などと具体的な金額指定ができなかったのではないか」(アナリスト)という。

MNO3社は補助金額の探り合いを始め、「実質◯◯円」を試し出ししては総務省から口頭注意や行政指導を受けた結果、実質1万~1万5千円程度に落ち着いている。ただ、強欲なアップルが10万円の端末を1万5千円でMNOに卸すとは考えにくい。依然、相当額の端末補助金があることは間違いない。

そこで公取委が「本気」を出した。MNOに対し不平等契約を強要し、裏で「実質◯◯円」を操るのはアップルではないかと目星をつけ、関係事業者などに聞き取りを実施して冒頭で紹介した文書の公表に至った。

「竹島一彦前委員長の時代に、総務省との間で縄張りの“不可侵条約”を結んだ公取委が、総務省と連携して携帯電話市場の独禁法案件に口を出すのは異例のこと」(事情通)という。

「7」でドコモにお仕置き

文書でアップル名指しは避けているが、業界内ではアップル狙い撃ちは半ば公然の秘密。公取委はおそらくアップルにも事前の聞き取りをしたのだろう。文書公表と同日の8月2日、アップルはあてつけるように「日本におけるアップルの雇用創出」というデータをサイトで公開。「日本で創出または支援した雇用の数」は71万5千人という。

「笑止千万、その背後でどれだけの雇用が失われているのか、その数も同時に示して欲しい」とあるアナリストは憤る。

公取委が文書を公開したのは、9月のiPhone7の発売を牽制したとの見方もあるが、効き目はなかったようだ。iPhone7も相変わらず実質約1万円で売られている。それどころか旧モデルの下取りサービスを利用すると、ゼロ円あるいはマイナスになるというから、アップルも徹底抗戦の構えか。

それを裏付けるようにアップルは他2社より高い価格を設定したドコモに「お仕置き」を行ったようだ。「ドコモには、品薄の人気色ジェットブラックがほとんど割り当てられていない」(関係者)という。iPhone7発売後、総務省はタスクフォースのフォローアップ会合を開催、変わらぬ現状に業を煮やしたのか、MNO3社に10月7日付で再発防止の報告を求める初の行政処分に踏み切った。

公取委の文書では、MNOが下取りした中古スマホが市場に流通していない「不自然さ」にも触れている。これもiPhoneのことだともっぱらの見方だ。大量の中古iPhoneが市場に出回れば、人気のiPhoneを格安MVNOで利用するユーザーが増え、新品のiPhone販売量が減少するためアップルにとっては大打撃だ。仮にアップルがMNOに指示して中古市場への還流を阻んでいるとしたら独禁法上の大問題だ。

今回の事前聞き取りで公取委は守秘義務の壁に阻まれ、関係事業者とアップルとの不平等契約や強要事例に切り込めなかった。だが、欧州連合(EU)の反トラスト局はアイルランドの税優遇を違法とし、アップルが節税した130億ユーロ(1兆5千億円)の追徴命令を出した。公取委にとっては追い風だ。アップル案件で公取委が立ち入り調査を行う「Xデー」がいつになるか――業界ではそれが今一番ホットな話題だ。

   

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