羽田増便「都心低空飛行」は世界標準に逆行

秀島 一生 氏
航空評論家

2016年11月号 BUSINESS [インタビュー]
聞き手/本誌 宮嶋巌

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秀島 一生

秀島 一生(ひでしま いっせい)

航空評論家

1946年東京都生まれ。68年日本航空入社。国際線チーフパーサーを30年間務めた後、航空評論家、テレビ、ラジオ番組のコメンテーターとして活躍。映画『沈まぬ太陽』の監修も務めた。

――羽田増便のため、都心を低空で飛ぶ航空保安施設や誘導路の政府予算が計上されました。

秀島 日本の航空自由化(オープンスカイ)は、安倍政権が07年に打ち出した「アジアゲートウェイ構想」から始まった。首都圏空港のアクセス改善、容量拡大を目指したが、グランドデザインがなく、打つべき手を怠った。結果、訪日旅客急増と来るべき東京五輪の対応に迫られ、東京の空に大型機を飛ばさないという「不文律」を破る新ルートが既成事実化しました。

――打つべき手があった?

秀島 今からでも羽田沖を埋め立て5本目の滑走路をつくるべきです。工期は10年余、1兆円ぐらいかかるだろうが、リニア新幹線より安く、経済効果も大きい。もう一つは、1都8県に及ぶ広大な「横田空域」の問題。民間航空機は、米軍の許可なしに、この空域を飛べない。戦後71年を経た今も、首都圏の空は米軍に占領されており、横田空域を迂回するか、高高度で飛び越すために、不自由な航行ルートにならざるを得ない。08年までに横田空域は30%返還された経緯があり、自国の空を自由に飛べない現状がいつまで続くのか。しわ寄せを食う地元住民に、ちゃんと説明すべきです。

――地元は我慢できますか。

秀島 羽田への着陸は現在、東京湾上空を東側か南側から進入するルートだけです。それが板橋区、豊島区で約1千m、新宿区、渋谷区、港区で約500m、品川区、大田区で約300mと、東京23区を縦断しながら降下することになる。しかも、南風時の午後3~7時に1時間当たり最大44機も飛来する。麻布、恵比寿、渋谷付近で70デシベル、大井町付近で80デシベル=窓を開けた地下鉄車内ですから、耳を聾する轟音に耐えられるか。

かつて香港の啓徳空港に着陸する飛行機はビル群の屋上すれすれを飛び、出した脚に洗濯物を引っ掛けるほどアプローチが難しく、98年に新国際空港が開港すると、直ちに閉鎖された。

私は日本航空在籍時に御巣鷹山や羽田沖など5つの大事故を経験しました。航空機の事故は必ず起きるものであり、その8割が離陸後の3分と着陸前の8分に集中しているため、「魔の11分」と呼ばれている。930万人が住む東京23区を縦断する進入ルートは、危険回避の世界標準に逆行しています。南風時に「B滑走路」から離陸した航空機が川崎市の石油コンビナート上空を飛ぶのも非常に危ない。

――国土交通省の新ルート提案を、特別区長会の西川太一郎会長が了承したと報じられた。

秀島 特別区長会が何と言おうと、住民や区議会は黙っていない。60年代に国内線にジェット旅客機が導入され、騒音に苦しむ大田区、品川区などが、国交省に騒音解消を強く訴えた。73年、大田区議会は「安全と快適な生活を確保できない限り空港は撤去する」と決議。これを受け、国は羽田空港を沖合に移転し、「飛行機は海から入り海に出る」という不文律ができました。今は、真上を航空機が飛ぶ実感がわかないから大人しいだけ。実際に飛び出したら、住民デモや訴訟が多発すると思います。

   

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