2017年8月号 BUSINESS
消えた「中国のバフェット」
Photo:Imaginechina/Jiji
金融庁もぎょっとして目をむいた。6月22日、関東財務局に提出された新生銀行(旧日本長期信用銀行)の第17期(17年3月期)有価証券報告書である。業績低迷は毎度のことで珍しくもないが、肝を冷やしたのは大株主のリストである。
第11位株主に4289万8千株(1.55%)を保有するAnbang Investment Holdingsが顔を出した。保険収入で中国2位、北京を本拠とする安邦保険集団の香港投資部門である。鄧小平や陳毅ら革命世代の子孫が経営を握り、「中国のバフェット」と言われた呉小暉会長が、ニューヨークの最高級ホテル「ウォルドルフ・アストリア」を19.5億ドルで買収するなど、アジアや欧米で派手に資産漁りしていた「紅色企業」である。それがなぜ、細々と生き長らえる新生銀行の株式を買ったのか。
謎はそれだけではない。中国保険監督管理委員会(保監会)が保険業界に対する規制を強化し、5月に安邦生保部門に対し新製品発売を3カ月禁止とする処分をしたと思ったら、6月上旬、呉会長まで当局に連行されたと報じられ、銀行取引停止となった。典型的な太子党企業だけに、19大(党大会)を前にした政治的暗闘の影がちらつく。
本誌が6月号で報じたように、新生の大株主J・クリストファー・フラワーズ(保有シェアは17%程度)は、ファンドの運用期限が迫って「出口」である買い手を探している。そこに食指を動かしたのが、オンライン証券を中心としたSBIホールディングス(北尾吉孝社長)。五味廣文元長官と乙部辰良・元総務企画局審議官の2人の金融庁OBをSBIの役員にスカウトしたのはその布石に見える。
ところが、いつのまにかSBIなどものともしない中国の“巨象”が先に割り込んでいたわけだ。前期9月末には安邦の名義はなかったというから、3月末までの半年で購入したらしい。ただ、1.55%という半端なシェアでは新生の経営を左右できず、かといって投資目的にしては、いまだに公的資金を受けた大手銀行で唯一未返済分が3400億円も残っている銀行だけに、当面株価の上昇材料がない銘柄である。
しかも、フラワーズは5月に中東のソブリン(政府系)ファンドとロンドンで接触、株式譲渡の交渉をしている。フラワーズ側が譲渡後も経営関与にこだわり、中東側も日本での銀行業務のビジネスモデルを提示できず、交渉は物別れに終わった。
政府が筆頭株主の銀行だけに、フラワーズは金融庁に無断で株式譲渡はできないし、同庁も譲渡の報告は受けていない。安邦はブラックストーンから日本の不動産を買収しようと検討したと報じられたこともあり、それと関連した動きなのか。
金融庁も頭が痛い。八城政基、当麻茂樹、そして現在の工藤英之まで歴代社長が、経営に口を出すフラワーズの存在に悩まされてきた。そのフラワーズがやっと「イグジット」かと思ったら、今度は中国や中東、SBIといった厄介な筋が大口をあけて待っているとは。一難去ってまた一難……。(敬称略)