誰もが認める都議選大勝の立役者──。勝つためなら手段を選ばぬ野田代表の辣腕がカギを握る。
2017年8月号 POLITICS
従来の右翼思想を封印した野田数代表(7月2日)
撮影/本誌 上野真理子
「代表を野田に戻し、私は特別顧問という形でアドバイスしていきたい」――。
「都民ファーストの会」が大勝した東京都議選の3日後の7月5日、小池百合子都知事は、当選者向けの研修会で、自らの代表辞任と野田数(かずさ)氏(43)の代表再登板を宣言し、冒頭8分弱の挨拶だけで退席。その後、新人議員を相手に約2時間の研修を仕切ったのは野田氏だった。
都庁前のビルの一室で開かれた研修会には、39人の新人議員のうち37人が出席。都議としての心構えや政務活動費の使用方法などを野田氏らが教えたが、教科書代わりに配られたのは、一般向けに都が発行する冊子「都議会のはなし」。冊子をめくる新人議員の姿は素人集団そのもの。野田氏のてのひらの駒となることは間違いない。
7月2日の都議選(定数127)では、小池知事が率いる地域政党「都民ファーストの会」が55議席(追加公認を含む)を獲得。選挙協力をした公明党23議席と地域政党「東京・生活者ネットワーク」1議席を合わせた支持勢力は過半数を上回る計79議席に達した。一方、自民党は過去最低の38議席を下回る23議席の歴史的大敗を喫した。自民党を奈落の底に突き落とした野田氏は「誰もが認める結果を出した」(音喜多駿都議)と、その評価はうなぎのぼりだ。
小池氏の右腕として都庁内の政策決定にも権勢を振るう野田氏だが、都議選では都民ファーストの公認権を一手に握り、敵対する自民党を除く全ての政党・会派との間で、議会運営から選挙協力に至る調整役を果たした。非自民系会派のベテラン都議は「(野田氏の)都議時代の奇矯な振る舞いとは別人のようだ」と皮肉交じりに話す。
野田氏は2009年に、自民党公認で都議に初当選。12年5月に都議会自民党を離脱したが、保守系団体が実施した尖閣諸島の洋上視察に参加したり、「日本国憲法は無効で大日本帝国憲法が現存する」との請願を提出するなど、「極端な右翼的思想の持ち主」(同都議)として有名だった。
ところが昨年8月に都知事特別秘書に就任してからは、従来の思想信条は完全に封印。「自民を1議席でも落とすためにやれることを何でもやる」と広言。公明党には、鈴木俊一都政から続いた自民党との連携を解消させたうえで、都民ファーストとの選挙協力を実現した。今年度予算では、本来は敵である共産党まで籠絡して、44年ぶりに全会一致の予算成立に持ち込んだ。
今回の都議選で7回連続の全員当選を果たした公明党だが、当初は選挙区の住み分けにとどめ、都民ファーストとの相互推薦に踏み込む選挙協力には消極的だった。野田氏は水面下で公明都議との接触を続け、公明党の「最重点区」に小池知事が乗り込み、全面支援することを確約。自民党と連立を組む国政への影響を懸念する公明党幹部の慎重論を押しのけ、現場レベルで合意をまとめ上げた。
都議選告示後は、小池知事は公明サイドの指示に従って激戦区を回り、投票日2日前にも計6カ所で応援演説を行う配慮を見せた。不祥事続出で劣勢を強いられた自民サイドから水面下で支援要請があったというが、公明党関係者は「選挙協力を発表した時点から小池さんを裏切る選択肢はなかった」と話す。
一方、2議席増の19議席で躍進した共産党も、小池知事との全面対決を巧妙に避けた。築地市場移転問題では主要政党で唯一、築地市場再整備を唱え、「豊洲移転、築地再開発」の基本方針を発表した小池知事とは一線を画す。しかし、共産党サイドによると、小池知事が基本方針を出した6月20日、党中央は「基本方針を真っ向から批判するな」という指示を伝達。「 反小池では無党派層の支持を得られないとの大局的な判断から、批判の的を自民・公明両党に絞った」(党中央委員)と明かす。
結果として共産党は無党派層からも一定の支持を集め、「最後の一議席」で自民現職と競り合い、振り切る選挙区が続出した。非自民系のある区議は「都民ファースト側から『自民現職を落とすために共産に票を回してほしい』と要請された」と打ち明ける。野田氏は共産党サイドとも気脈を通じ、共産党躍進にも一役買ったのは間違いない。
都民ファーストの大勝により、自民党と民進党は過去最低の議席数に転落した。都庁ウォッチャーは「小池陣営に擦り寄った公明、共産は笑い、突き放した自民、民進は泣きをみた。告示前の小池知事との距離感だけが結果を左右した」と解説する。
さらに、投開票日(7月2日)の夜、小池知事が突如発表した、都民ファーストの推薦を受けて当選した民進離党組の追加公認も物議を醸した。
連合東京は都民ファーストと政策協定を結んでいるが、各産業別労組には反発も根強い。ある選対事務所に詰めていた民進党国会議員の秘書は「離党しても無所属だから我慢して応援した。当選した途端に追加公認だなんてバカにするにも程がある」と憤りを隠さない。民進離党組が元の鞘に収まることは、もはやあるまい。
都議会は8月上旬に臨時議会を開き、新議員の活動がスタートするが、都民ファーストから「国政ファースト」への飛躍が注目の的だ。小池氏に近い国会議員は「年内に解散総選挙があれば都内の小選挙区と比例区に、来年なら関東圏全域で候補者を擁立できる」と、先を読む。
とはいえ、次期衆院選前の新党結成には、5人以上の現職国会議員が必要だ。小池知事に近い若狭勝衆院議員、都議選で応援に入った長島昭久衆院議員、渡辺喜美参院議員、松沢成文参院議員らが有資格者だが、「性急な新党作りはアウト。政党交付金目当ての数合わせと見透かされる」と、知事周辺は慎重だ。
しかし、勢いは止まらない。7月30日投開票の横浜市長選出馬を目論む松沢氏が、都民ファーストに支援を要請したという噂が飛び交った。都民ファーストを軸に、各地域の新党が地域連合を形成して国政に乗り込む構想が浮上する中、松沢氏の動きが注目される。
都議選の翌日に都民ファーストの代表を野田氏に譲った小池知事は、しばらく都政に専念する意向を示しており、勝つためなら手段を選ばぬ野田代表の怪腕が「国政進出」のカギを握るのは間違いない。