シリア難民支援「不正」で撤退

日本の代表的NPO「JEN」のヨルダン所長らが流用。国の助成が止まり「閉門蟄居」に。

2018年6月号 GLOBAL

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JENが支援活動していたヨルダンのザータリ難民キャンプ

Photo:EPA=Jiji

ゴールデンウィーク直前の4月27日午後7時、日本の代表的な難民支援団体、ジェン(JEN)のホームページに「重要なお知らせ」として「不適切な事業執行行為について」というコーナーがさりげなく掲載された。

リンク先には、ヨルダン事務所職員が助成金の一部を目的外使用したほか、簿外資金を蓄え、内部規則違反の調達取引をした疑惑を調査し、木山啓子代表理事と黒木明日丘事務局長に減給、全理事に厳重注意と始末書提出という処分を行ったとある。

やれやれ、東芝の粉飾以来、すっかりおなじみの「不適切」という曖昧語。HPに載せたのは報告要旨だけで、誰が何をしたのか個人名がどこにもない。しかも企業によっては12連休になる前夜の終業時以降の発表とは、長期連休に紛らせて忘れさせたい政府の「モリ・カケ隠し」の姑息さと同じではないか。

本誌は連休の谷間に質問状を送り、入手した報告書全文から、資金の大半を国の助成金に頼る日本の特定非営利活動法人(NPO)のルーズな実態を実名で暴くことにした。

ヨルダンにシリアから難民が押し寄せてきた12年、首都アンマンの東、国境近くの土漠にユニセフ(国連児童基金)などが支援するザータリ難民キャンプが設けられた。ピークで20万人、現在も8万人が仮設住宅で暮らしており、JENは12区画中3区画を受け持っている。

処分は実名抜きで庇う

不正発覚の発端は昨年12月の内部通報。JEN現地代表のフランス人シリル・カッパイや調達担当のハリド・ジャマル・カッラが不正行為に手を染めているとの告発を受け、秘密裏に調査を進めた。2月にこの通報者が退職、JENに国の助成金を出すジャパン・プラットフォーム(JPF)が監査に入り、JENの特別調査委も現地などでヒアリングを行った。

主たる疑惑は、①カッパイが水衛生環境用のJPF助成金のうち919万円を流用、キャンプ内のミニ映画劇場建設に充てた、②カッパイが剰余金を返納せず、溜めて簿外資金とし、1万ドルで映画製作の契約を締結した(製作は宙に浮く)、③カッラが父親のレンタカー会社を起用、親戚など身内への利益供与を禁じたルール違反――の3点に絞られた。一見、比較的少額で、現場の裁量が行き過ぎ、手続きがズボラだったかに見える。

だが、本当は氷山の一角なのに、臭いものにフタをした結果ではないのか。内部通報者が身の危険を感じていたことからも、所長と調達担当ぐるみの根は深かったことがうかがえる。カッパイはJENが03年の米軍進駐後のイラク支援の際に公募で職員に採用され、現地ではやり手という評判で、「彼ならいかにも」と言われている。

報告書には、現地派と本部派で対立があったとされる。手続き重視の東京のスタッフをうるさがり、現場が独走したという構図だけではなく、荒地のキャンプ暮らしの長期化で、現地の腐敗に染まったカッパイらの不正に目をつぶっていた“協力者”が複数いたことも想像に難くない。

4人の特別調査委が、そうした難民支援の現実にどこまで迫れたかは心もとない。外部から弁護士と公認会計士が1人ずつ、内部からJEN副代表の弁護士と同監事の公認会計士が1人ずつ。JENは「証拠保全のため業務に精通しているメンバーも加えた」としているが、2対2では第三者委員会とは言えない。フォレンジックも会計調査もしたとはいえ、ヒアリング主体の調査の結論は、不正を「確認できない」「合理的な証拠が発見できなかった」と消去法で、「事実の不存在が確認できたわけではない」と腰が引け、調査は時間切れだった印象を拭えない。

しかも結果は実名抜き。調査委はカッパイに対し諭旨退職か減給の重い処分を勧告しているが、4月末のHPでは、現地スタッフの名はおろか、その処分内容も伏せていた。監督責任を問われた東京の幹部の処分を発表して、現地の実行者の処分を明かさないのはおかしいと迫ったが、「プライバシー保護の観点から」と返答を拒否した。

脆弱すぎる財務基盤

本誌にその言い訳は通用しない。カッパイは、バグダッドで支援活動に携わっていたJEN元職員の日本人女性の結婚相手ではないかと質すと、JENは否定しなかった。処分内容を明かさないのは「ヨルダンの労働法制上保護されるから」と木山代表は言うが、そこまで庇っては身内に甘いと言われかねない。

ノーベル平和賞を受賞した「国境なき医師団」でも2月、セクハラで昨年1年間に19人の職員を解雇したことが明るみに出た。ザータリでJENとともに支援活動している英国のOxfamでも買春スキャンダルが出て、NPOが難民支援の善意を裏切る事態が相次ぐ。

実はカッパイらの不正の代償はJENにとって重い。再発防止措置として、現地責任者の任期制やその監督強化、権限分散など内部管理体制の強化を謳っているが、実はこの不正でJPFからの助成金(16~18年で8億3千万円)がストップ、17年の資金の90・08%を国の助成金に依存するJENは存亡の危機に立つ。まだ「JPFから通告は来ていない」というが、不正があれば助成停止がJPFのルール。それを見越して3月末にJENはザータリからの撤退を決め、職員30人の雇用を終了した。ヨルダンの他の活動が終了すれば、残る27人も引き払い、ヨルダンから全面撤退となる。それどころか、今回の不正で寄付も細るとなれば資金が枯渇するので、組織には大ナタを振るって、全世界での活動を縮小せざるをえない。

JPF傘下の他のNPOも台所は似たりよったりで、東日本大震災後の1年に民間の寄付金が集まったのは一過性。税制の制約から寄付金集めにどこも苦しみ、公的助成を頼ってODA(政府開発援助)の寄生虫と化すか、休眠預金を吸い上げる笹川系の走狗と化すしかない。公的助成は使途制限の縛りがあり、現場のニーズに合わせると不正に走らざるをえない構造的な問題もある。外務省国際協力局も予算獲得上見て見ぬふりだが、発覚すれば蛇口を締めてしまう。

1994年にユーゴ支援のため始まったJENは「与える支援でなく支える支援」をスローガンにしてきたが、もはや性善説では成り立たない。木山代表のブログは『老子』上篇の「曲則全、枉則直」をタイトルにしているが、「枉(ま)がって則ち滅す」となりかねないのだ。(敬称略)

   

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