「コインハイブ採掘」強引に摘発

サイト閲覧者のパソコンの処理能力を勝手に使って仮想通貨を採掘。これって違法なの?

2018年8月号 BUSINESS

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モロ氏を支援するコインハイブサイト。任意の採掘ボタンをクリックすると計算処理が始まりCPU稼働率モニタの数値が上昇する。収益は支援に回すそうだ

時価総額を拡大し存在感を増している仮想通貨。一部はハッキング被害に加え投機対象として乱高下を繰り返すも、仮想通貨経済全体の勢いは止まりそうにない。ただ、エスタブリッシュメント側からすると、コントロールの利かない通貨が世にはびこるのは不愉快のようだ。

6月、仮想通貨の「採掘」を不正に行ったとして、神奈川や愛知など全国の10県警が「不正指令電磁的記録に関する罪」の容疑で計16人を摘発した。不正指令電磁的記録に関する罪とは、2011年に改正され刑法に新設された、別名「ウイルス作成罪」と呼ばれている罪である。 だが、今回の事件の内容をよく見ると、不正なウイルスを作ってばらまく従来からあるサイバー犯罪とは様子が違う。識者の中には、法律の乱用、ネットの新しい可能性を潰しかねない、と批判する意見も多く、議論が沸騰している。さらに、今回摘発されたうちの1人、ハンドル名「モロ氏」は、この問題で「違法の前例を作ってはならない」と、罰金10万円の略式命令を拒み横浜地裁での正式裁判に持ち込んだ。

「社会的に許容」ならセーフ

問題の本質を理解するには、仮想通貨やブラウザ上で動作するJavaスクリプト(簡易プログラム)の技術的な背景を知る必要がある。

仮想通貨の世界では、ネットワーク上に分散保存されている「台帳」に取引記録を追記する計算処理のことを、金の採掘になぞらえ「採掘」あるいは「マイニング」と呼ぶ。その処理には、膨大な量の計算機パワーが必要で、ネットに接続した多数のコンピューターで分散処理する仕組みが構築されている。

多くの仮想通貨は、世界中の有志が提供する計算機パワーを借りる形で台帳への追記作業が行われる。そして、台帳への書き込みに成功した者には、見返りに仮想通貨が報酬として支給される。その一方で、採掘にビジネスとして参入する企業もある。データセンターのような採掘工場を建設し、膨大な計算機パワーと電力を投下しビジネスとして計算処理を行う。日本では今年、東証一部のネット企業GMOが北欧で採掘を始めた。計画通り進むと利益は年間200億円に上るとの試算もある。

今回問題になったのは、ビジネスとしての大規模採掘ではなく、分散処理が可能な仕組みを利用し一般ユーザーの計算機パワーを拝借することで採掘を行うシステムである。摘発された人たちは、「モネロ」と呼ばれる仮想通貨を採掘するため、「コインハイブ」というJavaスクリプトを自身が運営するサイトに設置していた。コインハイブが埋め込まれたサイトを訪問者が閲覧すると、閲覧者のパソコンで計算処理が実行され、モネロが採掘される。採掘されたモネロは、コインハイブサービスを運営する胴元に送信され、胴元が3割を受け取り、残りの7割がサイト運営者に報酬として送金される。

議論の争点は、「コインハイブをウイルスと定義し不正と断じてよいのか」という部分につきる。ウイルス作成罪は、「意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」をウイルスと定義しているが、不正の概念は曖昧だ。法務省が示すガイドライン「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」には、「プログラムによる指令が『不正な』ものに当たるか否かは、その機能を踏まえ、社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断することとなる」と記載するにとどまっている。コインハイブは、これまで問題となったウイルスのように、パソコン内に常駐してデータを破壊したり個人情報を盗み取るといった悪さをするわけではない。該当するサイトにアクセスしたときだけ計算機パワーを拝借する仕組みである。閲覧をやめれば止まる。法律の曖昧さも手伝い当局のさじ加減ひとつで、不正か否かの切り分けが行われることへの反発もあっての騒動なのだ。

web広告も同じ仕組み

「サイトを閲覧するだけで勝手にコンピューターの処理能力が使われるのはけしからん」という意見も多数ある。先のガイドラインに照らすと、「人のパソコンで金儲けすることは、社会的に許容し得ない」というのが当局の判断なのだ。だが、技術に照らすとコインハイブを即刻クロと決めつけるのは早計に過ぎないだろうか。

Javaスクリプトは、様々な機能を実現するために、あらゆるサイトで普通に導入されている。中には、閲覧者に存在を意識させないままバックグラウンドで動作するものもある。さらに「処理能力が使われる」という意味では、サイト上に設置された動的な広告も同様だ。閲覧者のブラウザに広告が表示されるたびにサイト運営者のもとにチャリンチャリンと報酬が供される仕組みは、コインハイブと何が違うのであろうか。むしろ「目障りな広告を見なくてすむ分、コインハイブの方が許容できる」という意見もある。

警察庁は6月14日、今回の摘発に連動するかのようにツイッターで「マイニングツールの設置を閲覧者に明示せずに設置した場合、犯罪になる可能性があります」とツイートしている。つまり、サイト上に「コインハイブを動かして採掘しています」と明示すれば、咎めはしないと言いたいようだ。裁判を起こしたモロ氏の場合、2017年10月から11月初旬にかけて明示せずに設置していたことは本人も認めている。裁判を担当する平野敬弁護士は「コインハイブは、ウェブ広告と同じ仕組み。金儲け=悪という基準で不正と決めつけていいのか」といった趣旨のコメントを発表している。

7月2日、この裁判に影響を与えるかもしれない判決が下された。コインハイブにおける16人の摘発とはまったくの別件ながら仙台地裁は、採掘がらみの事件で初の有罪判決を言い渡した。兵庫県の24歳の被告は、オンラインゲームを有利に戦うためのツールという触れ込みで採掘用のプログラムを自分のブログに掲載、閲覧者にダウンロードさせ、無断で採掘を行い円換算で約5千円の報酬を得た。

ここで注意すべきは、サイト上に採掘目的でJavaスクリプトを設置することと、この有罪案件のようにゲーム用のツールと称して他人のパソコンに採掘用プログラムを送り込むことは同列でないことだ。

横浜地裁がモロ氏の裁判でどのような判断を下すのかが注目される。新たに登場する技術を現実世界の社会規範や通念のみで不正と決めつけ、潰していくことが本当に正しいことなのかが問われることになる。

   

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