あの石原発言が祟り、4年以上が経った今も、地権者と環境省の対立が続いている。
2018年9月号 POLITICS
大熊町で建設が進む汚染土の中間貯蔵施設
Photo:Jiji
「最後は金目でしょ」
「魔の3回生」らの問題発言が目立つ最近の自民党ではめっきり影が薄いが、元祖「失言王」こと石原伸晃氏のこの台詞を憶えている読者は多いだろう。彼が環境大臣だった2014年6月、福島第一原子力発電所事故後の除染で発生した汚染土を保管する中間貯蔵施設の用地取得をめぐり、記者団に言い放ったものだ。先祖代々の土地を汚された地権者の神経を逆撫でした発言が祟り、4年以上経った現在も一部の地権者と環境省の深刻な対立が続いている。
中間貯蔵施設は、福島第一原発を囲む大熊町と双葉町の約1600ヘクタールに、国が100%出資する「日本環境安全事業株式会社(JESCO)」の事業として計画。汚染土の保管期限は45年3月までの最長30年間とし、それまでに県外に搬出すると法律に明記された。もっとも、最終処分場を確保できる見通しがあるわけではない。
国は当初、用地を全面国有地化する方針を示したが、地権者らは反発。飛び出したのが冒頭の「金目でしょ」発言だ。これが火に油を注ぎ、石原氏は謝罪と発言撤回に追い込まれた。国は、所有権を地権者に残したまま土地を使う地上権設定の選択肢も認めざるを得なくなった。
だが、環境省の7月末時点の集計によれば、地権者2360人のうち地上権を選んだのは117人止まり。一方、土地を売ったのは1402人。この差が生じているのは、国が地上権設定に対する補償額を不当に安くして、売却するよう誘導しているからに他ならない。
からくりを説明しよう。やや細かい話になるが、少しだけ辛抱してお付き合い願いたい。
地権者団体の「30年中間貯蔵施設地権者会」(約90人)は、15年から今年1月にかけ、環境省と28回にわたる団体交渉を重ねた。環境省は地上権設定の補償額として、同省が依頼した不動産鑑定士の評価額(土地価格の7割)の一括支払いを提示。これに対し地権者会は、土地価格の6%の地代を毎年支払うよう求めてきた。
国の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」には、地上権設定による土地使用に関し、「地表」(24条)と「空間・地下」(25条)とで異なる規定がある。地表の使用では地代の年払いが原則(6%という地代の率は、宅地や農地を使用する場合の標準として補償基準の細則に示されている)。一括補償は送電線や地下鉄など空間・地下を使用するケースに限られる。中間貯蔵施設は明らかに地表の使用だろう。実際、汚染土を施設に搬入する前の「仮置き場」の用地取得では、24条に基づいて補償額を算定した。不動産鑑定士が登場する幕などない。地権者会は「環境省は24条のどこにも載っていない独自のルールを持ち出している」と批判する。
仮に土地価格を「100万円」とする。環境省の算定では「70万円」の一括補償だが、地権者会の主張に沿えば「6万円」の地代を30年間、合計「180万円」受け取れる計算になる。ここで、環境省は「補償額は土地価格を上回ることができない」という奇妙なロジックを持ち出してきた。その根拠は補償基準25条の2だという。
しかし、25条の2は「補償額が土地価格を上回る場合、地権者が売却に応じるなら土地を取得することができる」という規定に過ぎない。上回ってはいけない、とは書いていない。
そもそも毎年の地代(6万円)は、手取り上は同額でも現在価値に割り引けばイコールではない。借金すれば利息が発生するのは、同じ額面なら現在受け取る方が価値が高いと認められているからだ。つまり、来年以降の6万円の価値は今年の6万円より徐々に低くなる。この理屈に基づいて計算すると、30年かけて得られる地代(180万円)の現在価値は80万円程度で、土地価格を下回る。環境省の論理は二重に破綻しているのだ。
ところが環境省は団体交渉の場で、地表ではなく空間・地下の規定を適用する理由について、「24条と25条を念頭に置いて、総合的判断で25条を準用」との曖昧な説明に終始。地権者会が「我々の主張がおかしいなら言ってほしい」と詰め寄っても、口を噤んだままだった。
局面を打開するため、地権者会の門馬好春会長(大熊町に土地を所有。東京都渋谷区在住)は3月、個人で国との調停を東京簡易裁判所に申し立てた。だが、環境省は団体交渉と全く同じ主張を繰り返すばかり。わずか2回の調停を開いただけで、調停委員が早々と手続きを打ち切った。これを受けて地権者会と環境省は7月12日、29回目の団体交渉を行ったものの、またしても環境省は十分な説明責任を果たさなかった。
国がここまでして地上権設定を嫌がる理由は何か。地権者会の顧問弁護士を務める越前谷元紀氏(福島弁護士会)は「当初の方針の全面国有地化に一歩でも近付けたいのだろう」と指摘。「30年後に県外にという約束も、どこまで守る気があるのか」と危惧する。30年の間に搬出先が見つかる保証はなく、中間貯蔵施設をその後も使い続けたいというのは、国の動機として十分な蓋然性があるだろう。石原氏の軽率な発言が、皮肉にも「最終処分場」化の本音を白日の下に曝け出したとも言える。
原発事故から7年以上が経った今も大部分が帰還困難区域の大熊町、双葉町が、30年後にどれだけ人が住める環境になっているかは分からない。それならいっそ土地を売った方がマシと考える地権者がいるのは当然で、その判断は尊重されるべきだ。しかし、補償額の算定方法を歪めてまで売却しないと損だと思わせているなら大問題。憲法29条(財産権の保障)違反の疑いさえある。ある地権者は「国は、地権者が補償額を釣り上げるためにゴネていると思わせたいのだろうが、ルールを無視しているのは国の方だ。こんな前例を許せば、将来の公共用地取得にも禍根を残す」と憤る。
今さら算定方法の変更などできないという国の事情も分からなくはない。既に土地を売った元地権者から訴訟を起こされかねないからだ。もはや現場の役人の判断でどうにかなる話ではなく、政治決断しか解決の糸口はない。