青木が絵を描き、吉田がそれを形にする。2人が求めるのは「強い参院」の復活だ。
2018年9月号 POLITICS
吉田博美・党参院幹事長
Photo:Jiji Press
7月23日夜。国会に近いホテルニューオータニで、華やかな宴が開かれた。集まったのは日本医師会や歯科医師会など自民党を支援する有力70団体の代表者。その一人一人と笑顔で写真に収まる人物こそ、この会合の主役である。党参院幹事長で、参院竹下派を率いる吉田博美(69)。あいさつでは「今後はより人間関係を深めたい」と訴えた。参院自民党が独自に業界団体を集めて大規模な会合を開くのは異例。出席者は「吉田の勢いを感じた」と振り返る。
青木幹雄・元参院議員会長
Photo:Jiji Press
最近の政局は吉田と、吉田が師と仰ぐ元参院議員会長、青木幹雄(84)という新旧の「参院のドン」による仕掛けの連続といっても過言ではない。
1~2月の額賀派騒動では、吉田が参院側の議員21人を束ねて、会長の額賀福志郎に退任を要求。集団離脱する構えまで見せ、竹下亘(71)への会長交代につなげた。派閥は元首相、竹下登が立ち上げた「経世会」の流れをくむ。26年ぶりの「竹下派」への衣替えは登に秘書として仕えた青木の悲願だった。
参院の選挙制度改革では、議員定数を6増やし、比例区に特定枠を設ける改正公職選挙法を先の通常国会で成立させた。これまでの定数減の流れとは逆行し、世の評判はすこぶる悪い。それでも成立にこだわったのは、青木が前回参院選から導入した合区に否定的だったからだ。青木の地元の島根は、鳥取に合区された。特定枠を設ければ、選挙区での公認に漏れた候補を比例で救済できる。
通常国会で、32日間の会期延長を政府・与党内でまとめた際も吉田が調整役となった。森友・加計学園問題が尾を引くことを警戒し、長期の会期延長に慎重だった官邸に対し「必要な法案は必ず成立させるからと、吉田が官邸を説得した」。政府関係者は明かす。
そもそも吉田とは何者なのか。産経新聞は「永田町以外での知名度は低い」と書き、朝日新聞は「無名の実力者」と表現する。吉田自身はここまでのし上がってきたのを「自身の生い立ちにある」と語る。
1949年、山口県柳井市に生まれた。父は実業家で、幼いころはオーダーメイドの服を着るほど裕福だったが、程なくして父の事業が傾く。自宅には毎日のように借金取りが現れ、自分の机までが差し押さえの対象になった。家計が苦しい同級生を集め、廃品回収で金を稼いだ。給食代は自分で工面した。
元自民党副総裁の金丸信に秘書として仕え、その後、長野県議、参院議員と転身した。国対委員長だった金丸から教わったのは「足して2で割れ。そうすればうまくいく」。自身のホームページには政治理念として「人の業は称えます。己の功は語りません」「汗はかきます。手柄は人に、責任はとります」などの言葉がならぶ。天国と地獄を味わったゆえの人心掌握の巧みさが、吉田の真骨頂だ。与党だけではなく野党との人脈も太い。「吉田の政治資金パーティーには共産党関係者までいた」(竹下派の議員秘書)
吉田や青木が求めるのは「強い参院」の復活だ。実力者だった青木が議員バッジを外した2010年以降、政権内での参院の存在感は急落した。衆院解散、内閣改造、消費税率の引き上げ延期。重要な政策決定過程にはほとんど関与できず、その方針が事前に伝えられることもなかった。参院の発言力をどこまで高められるか――。2人のめざす頂は詰まるところ、ここに収斂する。
9月の党総裁選。七つの派閥のうち五つが首相、安倍晋三の総裁3選を支持し、安倍の勝利は確実視される。それでも竹下派は事実上の自主投票の道を選んだ。衆院竹下派では安倍を推す声が多かったにもかかわらず、吉田は青木の意思を尊重し、元幹事長の石破茂を支援する。「青木を裏切ったら一生人を裏切る人と見られてしまう」と吉田。意向を受けた大半の参院竹下派が石破につく。
青木には石破への義理がある。長男の一彦は16年の参院選で「鳥取・島根」選挙区から出馬し、石破の支援を受けて当選した。石破支持はその見返りとも見てとれる。
石破支持の理由はそれだけではない。青木の視界にあるのは19年夏の参院選だ。安倍1強に有権者の飽きがきて、参院選は敗れるとみる。「安倍降ろし」も起こりうる。ある参院議員は「参院選の結果次第では、政局の舵取りを担うポジションになる。青木さんはそこを狙っている」と解説する。
ジレンマを抱えるのは吉田だ。野党自民党時代に培った安倍との関係は良好で、携帯電話で連絡を取り合う仲だ。12年の政権奪還後、安倍が初めて公邸に招いた政治家は吉田だった。参院自民党の運営はもっぱら吉田に任せている。青木の振る舞いには不快感を示す一方、吉田の義理立てには理解を示す。
吉田もそれに応える。8月8日の党役員会では、わざわざ安倍の目の前で、安倍と電話で話したことを明らかにし、報復人事をちらつかせる安倍周辺を牽制した。安倍はそれに応じる形で「総裁選が終わったら挙党一致態勢が大事だ」と、総裁選後の連携を確認してみせた。
青木が絵を描き、吉田がそれを形にする。参院の体制は向こう1年はこの2人の意向に沿って動くと見ていい。ただ、いつまで続くかは見通せない。
吉田は来年の参院選で改選を迎える。選挙区の長野県は16年から改選定数が2から1に減り、国民民主党の羽田雄一郎元国土交通相との一騎打ちが予想される。自民党が7月に発表した参院選の1次公認リストに吉田の名前はなかった。
「俺の進退は自分で決める。総裁選以降だ」。吉田は周囲にこう話しているという。選挙区でガチンコで戦うのか、政界を去るのか、それとも第3の道か。関係者は、今回成立した改選公選法の概要をまとめた文書に注目する。特定枠導入で当選しやすくなる人の例示として掲げたのは「全国的な支持基盤を有するとはいえないが国政上有為な人材」。これが誰を指すかはおおよそ察しがつく。そして、当然ながら特定枠の登載には、党総裁の3選を果たすだろう安倍の了解がいる。総裁選の結果いかんでは、安倍―吉田の関係にすきま風が吹くことも考えられる。吉田の去就は参院自民党だけでなく、政権内のパワーバランスとも直結する。(敬称略)