伊右傾政権「財政規律」緩みっ放し

フェイクニュースに毒された国民は、EUと対峙する政権をますます支持。事態は深刻。

2018年10月号 GLOBAL
by ロレッタ・ナポリオーニ(テロ・ファイナンスを専門とする経済学者)

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イタリアのポピュリズム政党の連立政権を率いるジュゼッペ・コンテ首相

Photo:EPA=Jiji

イタリアは、炎暑の夏に続いて不穏な秋を迎えようとしている。5月末に成立したポピュリズム(大衆迎合主義)政党「五つ星運動」と右派政党「同盟」の連立政権は、2019年度の予算を成立させるために欧州連合(EU)との交渉を本格化させるとみられるからだ。

経済規模でユーロ圏第3位のイタリアとEUの対立が激化すれば、その余波のおよぶ範囲はユーロ非加盟だった英国による欧州離脱(Brexit)の比ではない。

五つ星運動と同盟は3月の総選挙で主に三つの政策を公約に掲げた。失業者らへの最低所得保障の導入、均一税率導入による減税の実施、そして定年を63歳から66歳に引き上げた現行の年金法の廃止である。議会はこうした施策を盛り込んだ19年度予算案を10月に採決し、即座に実施に移そうとしている。

だが、イタリアの財政状況はこのような大判振る舞いを許さないのは誰の目にも明らかだ。公的債務はすでに2兆2560億ユーロ(約300兆円)まで膨らんでいる。GDP(国内総生産)比で131%と、ユーロ圏ではギリシャに次いで大きい。

EUに「徹底抵抗」の構え

こうした政策の財政負担額は、均一税率導入で約500億ユーロ、最低所得保障導入で170 億ユーロ、年金受給年齢引き下げで80億ユーロとみられる。そのほかにも、たとえば19年1月から予定されていた付加価値税を22%から24・2%に引き上げる計画の延期など、いくつかの細かい財政拡張策がある。

こうした措置をすべて合わせると、GDPの6~7%に当たる1100億ユーロから1300億ユーロの財政悪化要因となる。財政規律を重視するEUは加盟国に財政赤字をGDPの3%以内に収めるよう求めている。もしイタリアがこうした政策を実施すればEUのルールに触れ、公的債務は持続不可能な軌道に乗ることになるだろう。

数年前にギリシャに起きたように、国際金融市場でイタリア国債の金利が跳ね上がれば、政府は利払いに苦労するようになる。その場合、ブリュッセルは断固、欧州安定メカニズム主導による救済処置を主張するだろう。そうすればイタリアは実質的にトロイカ(欧州委員会、欧州中央銀行、国際通貨基金)の管理下に入ることになる。

市場ではすでに警戒感が広がっている。イタリアの10年物国債の利回りは8月には予算を巡る閣議報道で2カ月ぶりに3%を超えた。9月初旬時点では「EUの財政規律を尊重する」という高官の発言で低下したが、それでもほぼ1%台で推移していた連立政権成立前にくらべると大幅に高い水準にある。

ヨーロッパで最も可能性が高いとみられているのが、こうした憂鬱なシナリオだ。だが、イタリアでは誰もそうなると思っていない。政権与党は資金調達先として中国に目を向けており、ドナルド・トランプ米大統領がイタリア国債を買いたがっている、という噂もまことしやかに流れている。

このような手法は非常に過激であり、EUの財政構造や金融財政政策の正当性を危うくしかねない。だが、イタリア国民は気にするふうでもなく、新政権の支持率は上がる一方だ。

イタリアの連立政権が成立したのは、五つ星運動と同盟の指導者の反体制的でポリティカル・コレクトネスとは無縁のスタイルが有権者の心を掴んだためだ。これはトランプ大統領の型破りな政治スタイルと通じるものがある。イタリア人は、ギリシャのようにEUの脅しに屈することなく徹底して抵抗するつもりでおり、何か別の解決策がみつかるはずだと固く信じている。両党が何年もかけてプロパガンダやフェイクニュースを流してきたおかげだ。

たとえば、五つ星運動は奇妙な陰謀論を声高に訴えている。ガンの治療法やワクチン接種の危険性を製薬会社が隠蔽している、などというものだ。その結果、子供へのはしかなどのワクチン接種を拒否する母親が増えている。党はワクチン接種拒否の権利を法律で認めさせようと議会で大論争をしかけている。

EU側が折れると期待

同盟の党首でもあるマッテオ・サルビーニ内相は、EU条約に違反して、民間非営利団体やイタリア海軍が救出した難民船を追い返している。内相は、イタリアはこれ以上EUの移民問題に付き合って難民を受け入れることはできないと言うが、このような説明はイタリア社会に難民についての深刻な誤解を与えた。多くのイタリア人は、移民が人口の26%を占めると信じているが、実際には9%に過ぎない。

フェイクニュースが広まったおかげで連立政権の支持率が上がった一方で、本来注目するべき重要な問題が見落とされている。1990年代初頭、イタリア経済は英国と同規模だった。それがいまや26%も差がつき、08年のリーマンショック前と比較しても10%低い水準にある。失業率は10%以上で高止まりし、若年層の失業率は30%を超えている。ここ10年で技術をもった高学歴の若者200万人が成功を求めて海外に脱出した。逆説的になるが、イタリアが生き残ってゆくためにはそれなりの数の移民受け入れが必要なのだ。

イタリア統計局によると17年に誕生した新生児数は建国以来最低の46万4千人で死亡者数66万4千人を大きく下回った。そのうち、どちらか一方が外国生まれの国際結婚のカップルから生まれた新生児は10万人に上る。積極的に人口を増やす政策を取らなければ、イタリアは将来の年金制度を支えるための十分な労働人口を維持し、現在の人口6千万人レベルを堅持することさえできなくなる。現在イタリアで生活するほとんどの移民は若く、合法的に入国した人たちで、働いて税金を払っている。

こうした背景を考えると、たとえサルビーニ内相が東ヨーロッパのポピュリスト政権と組んでEU内で右派統一戦線を築くことに成功したとしても、イタリアはEU本部と深刻に対立しても勝てる見込みはない。短期的にみても、連立政権はEUの財政規律や条約を変えさせるほどの力はない。

多分、イタリア政府は財政規律を破っても、EU本部はユーロ崩壊の危機を避けるために大目に見てくれるだろうと期待している。ヨーロッパの普通の有権者は、ユーロ危機の混乱で貯蓄が激減し、生活水準が大幅に低下するのを望んでいない。イタリアは危険な大博打を打とうとしている。その結末は予測できない。

著者プロフィール

ロレッタ・ナポリオーニ

テロ・ファイナンスを専門とする経済学者

近著に『イスラム国はよみがえる』『人質の経済学』

   

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