ドイツ大使が「ポピュリズムと闘おう」と呼びかけ
2019年7月号
連載 [編集後記]
by 知
ハンス・カール・フォン・ヴェアテルン駐日ドイツ大使
「ポピュリズムに断固として反対しなければならない。それが、私たちの日課になろう。ポピュリストの言葉に耳を傾けている人たちに対して、『複雑な問題に対して簡単な答えはない』と言わなければならない。我々は、自分たちが享受している自由なライフスタイル、民主主義体制のために、毎日毎日、闘わなくてはならない」
(ハンス・カール・フォン・ヴェアテルン駐日ドイツ大使、6月5日、日本記者クラブでの会見で)
欧州に吹き荒れるナショナリズムや移民排斥運動、脱EU運動といった右からの暴風を、一人で防いでいるように見えるアンゲラ・メルケル首相率いるドイツ連邦共和国。その駐日大使は、5年4カ月におよぶ日本での大使の仕事を終えるにあたり、ポピュリズムと闘うことの大切さを日本人に向かって説いた。
5月下旬にあった欧州議会選挙は、ヨーロッパ伝統の穏健な中道勢力が一層の翳りを見せ、ドイツの環境保護政党「緑の党」やイタリアのマッテオ・サルビーニ副首相率いる「同盟」など左右の翼端に位置する政党がそれぞれ着実に勢力を拡大した。
大使は、欧州各国で、難民問題やEU離脱問題など、解決がかなり難しい問題に対して単純な答えをスローガンのように繰り返すポピュリズム政党が一般市民を引き付ける一方、既存の政党が一般市民とのつながりをなくした結果とみる。
大使はまた、「日本とドイツは世界において、開かれた市場、自由な交流、法治国家、平和的な紛争処理、ルールに基づいた国際秩序に対して、以前より多くの責任を担わなければいけない」と強調した。「なぜなら、いままでこうしたことを保証してきた保証人が保証人でなくなってきているからだ」とアメリカの役割の後退を理由に挙げた。
大使は定年となりドイツに帰国したら、「本来まったく話す気がない人と話す」そうだ。記者会見では「そうしないと何も変わらない。フラストレーションは募るがポピュリストと話をすることは不可欠だ」と決意を述べた。
ギリシャ発祥の欧州流の市民社会へのあこがれなど抱いたことがない者がほとんどを占め、民主主義や自由主義がもたらす恩恵など、大正時代の一時期と戦後数十年の間しか受けてこなかった日本で、大使のように能動的に動く人がいるのかどうかは不明だ。
しかし、全体主義や国粋主義が極まっていく中、洋の東西で世界大戦を仕掛けた両国が約80年の時を超え、自国第一主義に走る米国に代わり、手を携えてポピュリズムに抗う姿勢を世界に示すことは、間違いなく意義深い。