森トラスト会長 森 章 氏

「長期停滞」を克服する令和のグランドデザイン

2019年8月号 BUSINESS [リーダーに聞く!]

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森 章 氏

森 章 氏(Akira Mori)

森トラスト会長

1936年生。森ビル創業者、森泰吉郎氏の三男。慶大経済卒。旧安田信託銀行を経て森ビル入社。父を支えながら森トラスト・ホテルズ&リゾーツを創業。93年森トラスト社長就任。2016年長女の伊達美和子氏に社長の座を譲り現職。独自の戦略眼を持つ不動産デベロッパーのカリスマである。

――10月に消費税率が上がります。

森 政府は「戦後最長の景気回復」というけれど個人消費は伸びず、東京五輪の建設特需もピークアウト、景気は下降局面に向かっている。米中貿易摩擦が深まり、世界情勢も不透明です。なぜ今、消費増税なのか。いいことは、何もない。

――政府はポイント還元など2兆円を超える増税対策を予算に盛り込みました。

森 わずか2%の増税なのに飲食料品に軽減税率が適用されるため、小売店は煩雑な複数税率対応に追われています。そもそも何のために、我が国は消費税を導入したのか、よく考えてみるべきです。

「高福祉・高負担」をめざす欧州各国の消費税率は軒並み20%を超え、スウェーデンの国民負担率(租税負担率+社会保障負担率)は58%、フランスは67%に達しています。一方、日本の国民負担率は43%と米国33%に次ぐ低さ。そのことは税金の直間比率にも表れており、日本の直接税の割合は米国に次ぐ高さになっています。参院選で国民に問うべきは、この直間比率の在り方であり、言葉を換えれば消費税率20%の社会がいいのか、ゼロ%がいいのか――。メリハリの利いた政策論を戦わせるべきだと思います。

古くなった国のカタチを変える

――2025年には人口の5人に1人が75歳以上という超高齢化に突入します。

森 国政選挙のたびに年金、介護、医療の充実を掲げる政党は多いけれど、膨らむ給付と負担の問題と向き合う政治家は少ない。消費税導入(1989年)から30年が経った今も、チマチマした税率の引き上げを議論しており、この国の根本問題から遠ざかるばかりです。

事は消費税の問題だけではありません。これまでと同じやり方を続けていたら日本は行き詰まると、誰もがわかっています。経済政策も同じことで、日本は「失われた20年」と呼ばれた長期停滞から、未だに抜け出せない。マイナス金利まで導入したけれど、GDP成長率は1%に満たない有り様です。この間のグローバリズムにより産業の寡占化が進み、世界的な格差拡大が進みました。今、日本の消費が伸びないのは実質賃金の低下が大きな原因です。中間層が脆弱になっているのです。そうこうするうちにIoTや人工知能(AI)を活用する大変革期(第4次産業革命)に突入しました。

――失業率が最低水準なのに賃金が上がらないのは労働需要の変化が原因。非正規雇用が増えたからではないですか。

森 IoTやAIにより生産性を向上させながら雇用と賃金を増やし、消費を拡大するにはどうしたらいいか。お金を回す工夫が必要です。米国で注目を浴びるMMT(現代貨幣理論)に基づく需要創造も一つの考え方でしょう。しかし、日本が長期停滞を克服するには、経済の再建だけでなく、令和の世に相応しいグランドデザインが不可欠だと思います。

私が望むのは道州制の実現です。明治4年の廃藩置県により47都道府県になって140年余りが経ち、我が国の中央集権制度はガタが来ています。地方がやるべきことを国が決めていたり、県と市町村が同じことをダブってやっていたり、多重行政によるムダは枚挙に暇がありません。国の役割は外交や防衛などに限定し、国、道州、基礎自治体の役割分担をはっきりさせて二重行政を解消すべきです。国会議員や公務員を大幅に減らし、行政の効率化を図るのです。

来年秋に予定される住民投票を経て、大阪府の市町村を再編して特別区を設ける「大阪都」が実現する可能性が高い。大阪都が東京一極集中の対抗軸となり、道州制論議に弾みがつくと思います。古くなったこの国のカタチは変えるしかない。我が国が「日本病」と揶揄される長期停滞から抜け出せないのは、外科手術が必要な患者が内科に通って「痛み止め」を飲み続けているからです。

――かねて、森さんは社債市場の急拡大に警鐘を鳴らしておられます。

森 社債市場は現在、世界全体で13兆ドル(約1450兆円)と、リーマン・ショック前の2倍です。世界的なカネ余り現象で債務返済不能となるリスクが高い「ジャンク債」の発行が世界に広がり、IMFによると合計4兆ドル(約440兆円)を突破したといいます。膨張するジャンク債のマグマを放置したら、いずれ大爆発を免れない。再び百年に一度の世界恐慌に見舞われるとしたら、それは株ではなく債券市場だと思います。

娘に「スーパーカー」を渡した

――3年前に長女の伊達美和子さんに社長の座を譲りましたね。

森 事業継承はやる気と能力です。10年ほど前に長女を後継ぎに決め、株を譲りました。5年で引退するつもりでしたが、リーマン・ショックが起こり、社長交代まで10年かかってしまった。その間、収益・財務基盤をがっちり固め、娘が乗りやすいスーパーカーに仕上げてキーを渡しました(笑)。

――伊達社長が力を入れるホテル事業が過去最高益となり、業績好調ですね。

森 外資系ホテルの誘致を都心と地方で積極的に行い、都市開発の方も好調です。20年竣工の「東京ワールドゲート」(神谷町トラストタワー/延床面積6万坪)は既に満室状態。初の大仕事を乗り切り、非常に自信がついたと思います。

――父から娘へ、事業継承のコツは?

森 創業オーナーというものは、何かと熱心すぎるんですよ。口先では譲るというが、実際は口を出す。それで失敗した例を見てきたから、私はやらない。その代わり私個人の投資会社MAP(森章プラットフォーム)を作って、好きなことをやることにしました。

――その事業として北海道で世界の富裕層を集める、「国際リゾート」拠点を作る計画(2500億円程度)ですね。

森 苫小牧市郊外に約300万坪の森林を取得し、12万坪の開発許可を得ました。現在四つのゾーンにホテル、コンドミニアムやレジャー・観光施設を建設する計画を練っています。新千歳空港に最も近い隣接地にIR施設(カジノ)が進出する計画もあり、通年の賑わいを享受する国際リゾート地になるでしょう。5年~10年後がとても楽しみなプロジェクトです。(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)

   

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