情報教育に「地域格差」

ITやAIを学ぶ必修の「情報」科目で、専門の教員を一人も採用していない県が七つもある。

2020年2月号 BUSINESS [特別寄稿]
by 中山 泰一(電気通信大学大学院情報理工学研究科教授)

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大学入学共通テストの英語民間試験や記述式問題について、昨年大きな問題となった。見送りは妥当なものだったと思われるが、今後の入試で望まれる改革もある。その一つが情報科目からの出題だ。今、2025年の共通テストから、03年に高等学校で新設された教科「情報」の出題が検討されている。

「情報」は高校で必履修教科である。社会の変化によって情報の重要性が高まり、共通テストでの出題もそれに伴うものだ。だが、肝心の情報科の体制に、地域間で大きな隔たりがある。

「共通テスト」で出題方針

そもそも、なぜ理系だけでなくすべての生徒が「情報」を学ぶことが必要なのだろうか。

現代社会ではコンピューターやネットワークなどの情報技術が広く使われ、重要な役割を担っている。モノや金銭に代わって情報が重視され大きな価値を担う社会になり、個人が情報活用能力を適切に身につけることが大切となった。

昔なら訪ねたり電話で話したりして得ていた情報を、今はネットワークを通じて入手できるが、玉石混交の情報の渦の中、正しい情報を得て能動的に活用するには知識が必要だ。コンピューターや情報技術で何ができ、何ができないかを分かった上で、これらの技術を適切に使いこなし、必要な問題解決をこなしながら社会生活を送れるようになることが、すべての生徒に求められる。

こうした流れの中で、今年4月には、小学校でプログラミング教育が導入される。また22年からは、高校の情報科目も大きく変わることになっている。

13年からの現行学習指導要領では、「情報の科学」、「社会と情報」の2科目いずれかの選択必履修となっている。それが22年からの新学習指導要領では、情報の科学的な理解に重点を置き「情報Ⅰ」を必履修科目とした上で、発展的内容としてAI、データサイエンスなどを扱う「情報Ⅱ」が選択科目となる。これにより、すべての生徒がプログラミングを学び、さらに選択次第で最先端の情報技術を学べることになる。

情報Ⅱを学ぶのも、IT技術者になるためではない。サービスを使うだけでなく、自分でサービスを作る勉強(たとえばデータベースをもとにリクエストを入力したら結果を返すようなシステムを作れる)ができる。文系・理系を問わず、介護や医療、法律、経営など、どのような専門を身につけるにしても、その専門領域に情報技術を必要とする分野があるはずだ。筆者の本務校のような情報を専門とする大学・学部では多くの専門科目があるから、逆にいえば、それ以外の大学・学部に進む生徒のほうが、高校で情報Ⅱを学んでおくことの意義が大きいともいえる。

すでに一部の大学では、入試で「情報」が出題されている。 06年以降、個別学力試験で「情報」を出題している大学は現時点で13校(一覧は神戸市立科学技術高等学校の中野由章先生の※HP参照)。たとえば慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでは、16年以降の入試で出題されている。

さらに18年5月に開催された内閣官房日本経済再生本部第16回未来投資会議で、大学入学共通テストに「情報」を出題する方針が示された。小学校から高校まで「情報」を学ぶのだから、大学入学時点での情報の素養を問うことは大切である。入試の導入に向けた手続きが進むのは自然な流れといえる。

だがこうした状況にもかかわらず、高校で「情報」の専門知識を持つ教員が十分にいない地域が存在する。驚くことに、高校に情報科が設けられた03年から18年まで、13道県が一度も情報科の教員採用をしていなかった。昨年、6道県が教員採用試験を行ったが、秋田県、栃木県、新潟県、滋賀県、島根県、愛媛県、鹿児島県の7県ではまだ一度も情報科の教員採用試験が行われていない。

国もこの状況を把握しており、文部科学省は16年に「高等学校情報科担当教員への高等学校教諭免許状『情報』保有者の配置の促進について(依頼)」の通達を出している。その通達によると、15年度の時点で情報科担当教員は5732人(国私立の学校を除く。非常勤教員は含まない)。うち情報科の免許状を有し情報科のみを担当している教員(情報科専任教員)は1170人(20.4%)にとどまる一方、他教科を兼任する教員が約半数、免許外教科担任の教員は1580人(27.6%)にのぼった。免許外教科担任とは、特例的な措置で、他教科の免許しか保有しない教員が許可を受けて教えているもの。念のため申し添えると、情報科の教員免許保有者は不足していない。

さらに、情報科専任教員の割合には地域格差がある。筆者らが情報処理学会の活動として調査研究した結果によると、情報科専任教員の割合は、東京都、埼玉県、沖縄県の3都県では8割以上だが、26県では1割未満である(図)。情報科の教科の研究を行う高校教員の全国組織「全国高等学校情報教育研究会」に加盟しているのも27都府県しかない。そして、都市部、特に私立の進学校ほど専任教員の拡充に力を入れる傾向がある。

取り残される日本

経済協力開発機構(OECD)の「18年生徒の学習到達度調査」の結果で日本の生徒の読解力が低下したことが、昨年暮れから大きな話題となった。原因は国語教育や読書習慣などの問題のように言われることが多いが、必ずしもそうではない。

この調査では、今後の社会で必要となる、パソコンやタブレットなどの情報機器を用いて情報を統合する能力を見ているが、わが国の生徒のパソコン使用率は低下しており、スマホでの短文のやりとりばかりになっている。学校教育全体でそれを補完していかなければいけないが、日本の生徒が学びや学校の課題等のために情報機器を使う時間は他国と比べて飛び抜けて少ない。情報教育の地方格差は「世界に取り残された日本」を固定化してしまうのではと危惧する。

現代では情報を扱う能力を身につけることで、不正確な情報に惑わされず、強く生きることが可能になる。成長産業を作っていくためにも、地方こそ情報教育のメリットは大きい。専門性を持った教員のもとで学ぶ環境を整えることは急務だ。

著者プロフィール
中山 泰一

中山 泰一(なかやま・やすいち)

電気通信大学大学院情報理工学研究科教授

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。専門は計算機科学。システムソフトウェアと並列処理を研究

   

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