ビームサントリー統合 第2ステージ「インド」へ
2020年4月号
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1959年横浜市生まれ。1981年三菱商事入社。米ハーバード・ビジネススクールでMBA取得。2002年43歳の若さでローソン社長に就任。11期連続増益を達成。14年10月サントリーホールディングス社長に就任。内閣府経済財政諮問会議民間議員。我が国屈指の「プロ経営者」である。
――1月にスイスで開催された「ダボス会議」に12年連続で参加されました。
新浪 米ブラックロックのラリー・フィンクCEOが地球温暖化問題を重視する投資方針を宣言、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOが「株主第一主義」の見直しを訴え、まさに「サステナビリティ」一色でした。日本の省エネが進んでいたのは1990年代まで。不名誉な「化石賞」をもらい、この先、グローバルなネガティブ金利に苛まれかねない。米欧金融界のESG(環境、社会、ガバナンス)投資の根っこには、ニューフロンティアとしての「サステナビリティ産業」を育てる、したたかな目論見があります。日本も「2050年カーボンニュートラル」の目標と向き合わないと、彼らのルール作りから外されかねない。当社は「プラスチック基本方針」を策定しており、30年までにグローバルで使用する全てのペットボトルに、リサイクル素材或いは植物由来素材のみを使用し、100%サステナブル化を目指しています。これからの企業にとって、もはや良い商品や良いサービスを提供するだけでは足りない。社会と共生し、サステナビリティに対応できることが大前提となります。
――世界№1のバーボン「ジムビーム」の買収からもうすぐ6年が経ちます。
新浪 1兆6千億円を投じてビーム社買収(現ビームサントリー)を決断した佐治(信忠)会長から社長を任された私の役割は、確実に統合の成果を上げることでした。当初、シカゴ郊外のビーム本社の社長以下の旧幹部は200年を超える伝統と約120の国や地域での展開を誇り、「子会社になっても全ては任されている」という意識でした。経営方針や人事・監査を巡り幾度となくぶつかりました。親会社の社長が取締役会でものを言うだけでは統合は進まない。私は月2回はビームを訪ね、蒸溜所や販売の現場に足を運び、生の情報に接して、向こうの経営陣にガバナンスを任せ切りにしなかった。さらに、買収翌年から海外人財育成プログラムを強化し、ビームを始めとするグループ企業の社員を東京に招き、当社の経営理念や流儀を体験しながら学んでもらうことにしました。誇り高き買収先をグリップするには手間と時間がかかります。3年近く、思うに任せぬ悪戦苦闘が続きました。
――ビーム統合の弾みがついたのは?
リージェント(右)と「オーミクス」
新浪 サントリーもビームもメーカーですから、双方の強みを活かしたバーボンを作ろうと商品の共同開発を促したことです。サントリーのチーフブレンダーとビーム創業家の血を引くマスターディスティラーが3年がかりで完成させた合作バーボン「リージェント」が発売されたのは昨年3月。メーカー同士の統合は商品の共同開発が最も有効であることを学びました。私にとってリージェントは「統合第1ステージ」の記念碑であり、2017年に発売したジャパニーズクラフトジンROKU(ロク)とともに統合の象徴的な商品です。
――第2ステージはインドですか。
新浪 昨年12月に現地専用ウイスキー「オークスミス」の販売を、ムンバイ近郊の都市で開始しました。日本円で約1300円と約2100円という中間層向けの商品(いずれも750ml)のうち、高価な方がよく売れており、「さすがインドの方々は舌が肥えている」と、強い手応えを感じました。当社の長期計画では、ビームサントリーの年商を現在の5千億円から10年後に1兆円に倍増させる目標です。それにはアジアの成長市場、とりわけ人口大国の中印を攻めなければ。
――なぜ、中国ではなくインドですか。
新浪 何より英国の植民地だったインドが、世界最大のウイスキー消費国だからです。ウイスキーの世界市場調査によると、インドウイスキーの販売数量は世界全体の約半数を占め、経済発展に伴い販売金額が急拡大しています。かつてインドには飲酒を嫌う文化がありましたが、今は飲酒人口が毎年2千万人以上増えるといわれる超伸長市場なのです。インド市場には地場のウイスキーメーカーがひしめき、英ディアジオと仏ぺルノ・リカールという世界2強が先行していますが、蒸溜酒世界3位の当社が、このチャンスを見逃すわけにはいかない。インドに元からあったビームのインフラを活用しながら、IT人財や大学が集積する先進都市で販売網の拡張を図っています。
――インド攻略の悩みは?
新浪 ほぼゼロからですから、先を急がず地道な長期戦で臨みます。インドで瓶詰めされたウイスキーは州ごとにラベルを貼り替え小売価格も規制されます。宗教上の理由から禁酒の州もあり、全土でウイスキー広告が禁じられています。それ以上に目下の悩みは、この1年余に十数回訪ねたインドの現地スタッフの英語がよくわからないことです。皆さんよくしゃべってくれるのは有り難いけれど、ヒンズー語の影響もあるのでしょう、インド人の英語がかくも難しいとは思いませんでした。インド開拓で「六十の手習い」です(笑)。
――18年のサントリーHDの海外売上比率が40%を超え、ビーム買収を機にグローバル化が一気に進んだ印象です。
新浪 当社全体のグローバル化は6合目付近でしょうか。グローバルな発想で物事を捉え、企画・立案できる人が増えてきましたが、まだまだです。当社のグローバル化をリードした佐治会長と毎週1時間から1時間半、意見交換しますが、常に一致するのはグローバル化のカギを握るのは人財だということ。性別、人種、国籍、新卒、中途入社を問わず多様な人財を集め、育て、グローバルな活躍の場を与えることに尽きます。インド系人財の優秀さは折り紙付き。当社のアジア飲料部門のトップはインド人であり、インド進出は人財発掘の場とも考えています。国境を越えて人とお金が繋がる「印僑」は北アフリカにも広がっており、事業拡大の夢が広がる。当社は10年以内に海外売上比率を、今の40%強から60%に引き上げる目標を掲げており、インド進出はその第一歩、必ず成功させます。
(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)