中国は歴史的に「外圧」で強くなる。任正非CEOが好きな曲は「北国の春」。「生き残り」を賭けたしたたかな戦略が実を結ぶか。
2020年11月号
BUSINESS [猛攻を耐えしのぐ]
by 倉澤治雄(科学ジャーナリスト)
任正非CEO
米国によるなりふり構わぬファーウェイ攻撃がついに最終局面を迎えた。今年5月、ファーウェイが設計する高性能半導体製造のサプライチェーンを新たな輸出規制で断ち切り、8月には汎用製品まで輸出・再輸出を許可制とする規制強化を行った。9月15日にはこれらの措置が発効し、ファーウェイへの半導体製品や部品の供給は事実上ストップした。さらに中国国内でのファーウェイ向け半導体製造を阻止するため、受託製造大手「中芯国際集成電路製造(SMIC)」への製造装置や材料の販売を許可制とした。呼応するように英国、フランスに続き、中国との経済関係が深いドイツまでもが、ファーウェイを念頭に、5Gネットワークへの参入障壁を厳しくする措置を取った。
ファーウェイ包囲網の総仕上げとして米国務省が今年8月にスタートさせたのが「クリーン・ネットワーク」構想だ。目的は「中国共産党という悪意ある主体による攻撃的な侵略から、企業や個人の最もセンシティブな情報を含む国家財産を保護する」ためだという。今年5月、米最強のシンクタンク、戦略問題研究所(CSIS)が国務省の依頼で検討を開始、米、EU、アジアの研究者25人が参加して「5Gクリーン・パス」構想をまとめた。8月にはポンペイオ国務長官の指示でこれを拡大、「クリーン・キャリア」「クリーン・ストア」「クリーン・アップス」「クリーン・クラウド」「クリーン・ケーブル」「クリーン・パス」の6分野を対象として再構築された。米国では地域通信事業者、ケーブル事業者だけでなく、国防総省の3Gネットワークにもかつてファーウェイ製品が使われていた。ファーウェイに加えてアリババ、百度、中国移動、中国電信、テンセントが名指しされた。米国は中国企業が提供するクラウドサービスにも神経を尖らせている。事実8月にはファーウェイのクラウド子会社とオープン・ラボ38社が禁輸リストに追加された。
「クリーン・ネットワーク」構想には米AT&T、英O2、仏オランジュ、豪テルストラ、韓国SKテレコム、インドのJIO、台湾の中華電信、それにNTT、KDDI、ソフトバンク、楽天など計31社が名を連ねた。またベンダーとしてNECの新野隆社長兼CEOと富士通の時田隆仁社長がメッセージを寄せた。当初米国は日本政府のコミットを強く求めた。ある政府高官は「国務省だけでなく、国防総省など複数のルートで要請が来た」と認める。しかし日本政府は「態度保留」を貫いた。中国は最大の貿易相手国であり、オリンピックと習近平国家主席の訪日を控え、日中関係の悪化を恐れたのである。別の高官は「これまで以上に曖昧戦略を取らざるを得ない」と苦しい日本の立場を語る。国として賛意を表明したのは英国、チェコ、ポーランド、スウェーデン、エストニア、ルーマニア、デンマーク、ラトヴィアの8か国に留まる。
振り返ると米国政府のファーウェイに対する締め付けは、過去に例を見ない苛烈なものだった。18年8月、「国防権限法」により政府調達からファーウェイ製品を締め出した。19年5月15日、エンティティリストに掲載して同社に対する輸出・再輸出を原則不許可とした。ファーウェイの最新スマホからGoogle Play、YouTube、Googleマップなどが消えた。今年5月15日、米商務省はファーウェイが設計し、米国のソフトや技術を使って海外で製造される製品の再輸出を許可制とした。これによりハイシリコン(海思半導体)が設計し、台湾のファウンドリー臺灣積體電路製造(TSMC)が製造していた高性能半導体は供給の道を閉ざされることとなった。8月17日、米商務省は輸出規制をさらに強化、汎用製品を含めファーウェイがエンドユーザーとなるすべての取引を許可制とした。9月15日には禁輸措置が発効し、輸出・再輸出を一時的に認めてきた「暫定包括許可」も終了した。ファーウェイに半導体を供給してきたTSMC、クアルコム、米マイクロン、サムスン、SKハイニックスなどがチップの供給を停止した。ファーウェイと取引のある日本企業も同様だ。画像センサー(CMOS)を供給するソニー、メモリーのキオクシアだけでなく、光半導体の三菱電機、ルネサスエレクトロニクス、パナソニック、東芝、京セラ、村田製作所、TDK、住友電工、JDI、AGC、シャープ、ミツミ電機など100社以上が影響を受けることとなった。総額は2019年の実績で1兆1000億円に上る。
追い打ちをかけるように9月25日、米商務省は米半導体企業に「SMICに半導体技術や装置を輸出する場合は、ライセンスを受けなければならない」と通知した。SMICの世界シェアは約4・5%、TSMC、サムスン、米グローバル・ファウンドリーズ、聯華電子(台湾)に次いで世界第5位の受託生産事業者(ファウンドリー)だ。SMICは半導体製造装置の輸入が困難となり、ファーウェイは中国国内でも半導体調達の道が閉ざされることになる。
8月7日に深圳で行われた「中国情報技術協会サミット」でコンシューマービジネス部門の余承東CEOは「ファーウェイは半導体製造を手掛けてきませんでした。9月15日以降フラッグシップ・スマホ向けのチップ『kirin9000』を調達できなくなります。甚大な損失です」と語った。半導体製造分野で中国は大きく劣後しており、ファーウェイは米国にアキレス腱を狙われる形となった。
その中国は半導体産業の育成を国策として進めてきた。14年6月に「国家集積回路産業発展推進要綱」を公表、9月には「国家集積回路産業投資基金」を設立し、総額18兆円にも上る投資資金を用意した。半導体や5Gを含む「次世代情報技術」は習近平主席が提唱する「中国製造2025」の重点テーマの筆頭に掲げられ、20年に40%、25年には70%の国産化を目指す。しかし実態ははるかに及ばず、現状は15%程度とみられる。中国の半導体輸入額は毎年3千億ドルを超え、原油の輸入額を上回る。
半導体産業のエコシステムは極めて複雑だ。材料となる高純度のシリコンインゴット(塊)からウエハーを製造する工程は信越化学やSUMCOなど日本企業の独壇場だ。一方、回路図の設計を担うファブレスでは、ハイシリコンのようにグローバルで戦える企業が出てきた。ハイシリコンは半導体産業のトップ10に入る企業に成長したが、約9割がファーウェイ向けだ。自動設計に使われる設計ソフト(EDA)は、米シノプシス、米ケイデンス、米メンター、日本の図研による寡占状態となっている。
モノとしての半導体の製造工程はさらに複雑だ。ウエハーの上に薄膜を作り(薄膜生成)、回路パターンを焼き付け、膜を削り取り(エッチング)、電極を埋め込む「前工程」と、ウエハーを切断してチップを樹脂でパッケージして製品に仕立て上げる「後工程」から成る。それぞれのプロセスを担う高度な製造装置は、米アプライド・マテリアルズ(AMAT)、米ラムリサーチ、米KLA、東京エレクトロンなどが市場を独占しており、中国企業の姿はない。米国製半導体製造装置を使わずに高性能半導体を製造することは事実上不可能だ。最も高度な精密機械と言われる露光装置はオランダのASMLがシェア85%以上を握り、推定200億円といわれる最新鋭の極端紫外線(EUV)露光装置は中国への輸出に待ったがかかっている。
追い打ちをかけたのがNVIDIAによるARMの買収だ。9月13日、ARMを保有するソフトバンクグループが最大400億ドルで米NVIDIAに売却すると発表した。英国ケンブリッジを本拠地とするARMはCPUなどの設計にかかわる知財(IP)を半導体メーカーに提供している。インテル、Apple、Googleなど錚々たる企業が顧客で、スパコン世界一となった「富岳」にもARMの設計IPが使われている。スマホ向け半導体ではシェア9割を誇る。買収する米NVIDIAはAIエンジン向けGPUで成長し、7月には時価総額で巨人インテルを抜いた。ARMが米国企業となれば米国依存が更に進むことになり、中国政府は神経をとがらせている。政府系の環球時報は9月15日、「中国のハイテク企業が市場で極めて不利な立場に陥ることは確実だ」との社説を掲げ、「中国政府は買収を容認しない」との見通しを示した。もっともARMの売却については英国内でも反対が根強い。共同創業者のハーマン・ハウザー氏はロイターとのインタビューで、NVIDIAへの売却は「最悪の事態だ」としたうえで、「半導体のスイスとしてのARMのビジネスモデルが崩壊する」と語った。すべての半導体メーカーにツールを提供する中立性がARMの強みだったからである。今後設計IPはオープンソースのRISC-Ⅴなどに向かい、ARM離れが進むのではとの観測も出始めている。買収には英国、中国、EU、米国の規制当局の許可が必要となっており、成否は予断を許さない。
半導体の製造は装置を輸入するだけでは実現しない。現に1280億元(約2兆円)を投じて武漢で建設が進んでいた武漢弘芯半導体製造(HSMC)は今年8月、建設中断に追い込まれた。HSMCにはASMLの最先端露光装置もすでに運び込まれていたが、資金不足と技術力不足で中断を余儀なくされたのである。
一方新興企業も力をつけ始めた。最上流のEDAでは北京華大九天軟件や芯和半導体科技が名を知られるようになった。設計ではハイシリコンのほか、1千社近くが乱立する。「前工程」では中微半導体設備(AMEC)がメモリー半導体向けの最先端ドライエッチング装置を製造する能力を持つ。経営トップは米AMAT出身の中国人で、AMAT、ラムリサーチ、東京エレクトロンの市場独占にくさびを打つことができるか注目される。北方華創微電子装備(NAURA)は米洗浄装置メーカーの買収など技術導入に積極的だ。コーティング、エッチング、洗浄装置などでの参入を狙う。最難関の露光装置では上海微電子装備集団(SMEE)が技術を磨く。製造分野では長江存儲科技(YMTC)がNANDメモリーでの存在感を高めている。YMTCは清華大学が運営する紫光集団傘下にあり、128層3D-NANDの開発に成功した。紫光集団の高級副総裁は元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏である。また長鑫存儲技術(CXMT)は中国独自のDRAMの製品化に成功、PC向けメモリー・モジュールが今年5月、市場に登場した。
間もなく開かれる中国共産党中央委員会総会では、21年に始まる第14次5か年計画が議論される。21年は中国共産党創立百周年の記念すべき年だ。習近平主席はAIや半導体などハイテク分野に1兆4千億ドルの投資を表明、第三世代半導体の研究開発で米中逆転を目指す。この分野での先駆者米クリーや住友電気工業に対抗して、三安光電や中国電子科技集団がすでに研究開発投資を始めた。「短期的には中国の劣勢が続くが、意外に早く米国に追いつくかもしれない」というのが、大方の専門家の見方である。
クラウドフォンの公開テスト
半導体調達の道を断たれ、四面楚歌となったファーウェイは9月1日、ネット上でクラウドフォンの公開テストを行うと発表した。5G時代を見据えたファーウェイの「次の一手」である。ファーウェイ・クラウドフォンはデバイス側にパネル、カメラ、バッテリー、その他コンポーネントのみを搭載し、CPU、GPU、メモリー、それにアプリなどの機能はすべてクラウド上に配置される。これによりスマホは高性能半導体チップから解放されることになる。詳細は明らかではないが、デバイス側にARMベースのチップを搭載し、OSはAndroid、クラウド側はファーウェイ独自の仮想化技術を使ったサーバーで構成されるという。
ファーウェイ・クラウドフォン
CPUはファーウェイ独自開発の「鯤鵬(クンペン)」だ。利用シナリオについては当面、ゲーム業界、政府機関、企業、金融業界向けとしている。ネット上では「これで米国半導体企業の株は暴落する」などの書き込みが相次いだ(表参照)。
また9月10に開かれた「2020ファーウェイ開発者大会」で余CEOはAndroidに代わる独自OS「鴻蒙(ハーモニー)」を21年からスマホに搭載すると発表した。クラウドフォンのコンセプトは以前から存在したが、4Gの通信環境では実現が困難だった。中国では5Gの普及が爆発的に進んでおり、9月23日付の人民日報によると基地局数はすでに50万を超え、年内には60万に達する見込みだ。ユーザー数はすでに1億1千万人を超えた。呼応するようにアリババは9月17日、クラウドPC「無影(ノーシャドウ)を発表した。クラウドフォンの投入は5G時代の必然なのである。
9月23日に上海で開かれた「ファーウェイ・コネクト2020」で郭平輪番会長は「生き残りが目標だ」と語った。クラウドフォン実用化までの時間を稼ぐことが、ファーウェイ最大の課題である。「生き残り」のためには、今しばらく半導体の調達が欠かせない。在庫の積み増しは1年が限度と言われる。郭輪番会長は「米国政府の許可が得られれば、米国製品の購入を続けたい」と訴えた。米国内でも輸出規制の強化に反対する声が根強い。米国半導体工業会(SIA)は「汎用製品の中国への販売は米国半導体のイノベーション、つまりは米国の経済力や安全保障にとって重要である」との声明を発表した。中国は最大の半導体市場であり、中国市場から締め出される事態となれば、息の根が止まるのは米国半導体産業である。すでにインテルと米AMDがファーウェイへの輸出許可を得たほか、台湾のメディアテック、米クアルコム、SMIC、サムスン、SKハイニックス、ソニー、キオクシアなどが商務省に許可を申請中だ。
もう一つの「生き残り戦略」はサブブランドへのシフトだ。ファーウェイは低価格帯の「Honor(栄耀)」を保有しており、300ドル強の低価格5Gスマホがすでにリリースされている。「Honor」ではファーウェイ独自の「kirin」から、台湾メディアテックの半導体「Dimensity」への切り替えが進んでおり、すでに1億2千万個の調達契約を結んだと伝えられる。国内回帰も進む。中国国内でのファーウェイのシェアは圧倒的であり、5G基地局建設や5Gスマホ販売はファーウェイの命綱となっている。
中国は歴史的に外圧で強くなる。ファーウェイの任正非CEOが好きな曲は「北国の春」だ。任CEOはその理由について「大戦を乗り越え、繁栄を築いた日本の奮闘の精神が現れている」と語った。「生き残り」を賭けたしたたかな戦略が実を結ぶかどうか、社員19万6千人を抱えるファーウェイはいま、瀬戸際に立たされている。
ファーウェイのサブブランド「Honor」について、香港発ロイターは10月14日、「ファーウェイが売却を検討している」と伝えた。関係者に問い合わせると「残念」の一言だったが、「報道は事実」と認めた。別の関係者はその理由について、「Honor」の利益率が低いことと、売却によるキャッシュの魅力を挙げた。利益率の低いサブブランドに固執せず、高級機種やクラウドフォンに資源を集中する戦略と言えそうだ。ロイターによると売却額は37億ドル前後と伝えられており、半導体の在庫積み増しなどに使った現金を補う意図がありそうだ。売却先として挙がっているのは中国のIT企業「デジタル・チャイナ(神州数碼)」、広東省の電機メーカー「TCL集団」、それに成長著しいスマホメーカーの「シャオミ(小米)」である。
一方10月16日には日本の電子部品メーカーTDKがファーウェイへの輸出許可を取得したと米ネットメディアが伝えた。ファーウェイに部品・コンポーネントを供給する日本企業は100社を超えており、米商務省の今後の判断が注目される。またロイターは10月15日、米国務省がアリババ傘下の金融会社「アント・グループ」について、エンティティリストに加えることを検討していると伝えた。多分に象徴的意味合いが強いが、アリババの株価に影響を与えることになれば、株を大量保有するソフトバンク・グループへの連鎖が懸念される。そのソフトバンクは傘下のARMをNVIDIAに売却する計画を発表しており、戦略の見直しを迫られる可能性も否定できない。米中対立がエスカレートする中で事態が日々変化しており、米大統領選挙をにらんで何が起きるか予断を許さない状況が続く。
こうした中Appleは10月13日、5G対応の「iPhone12」を発表した。日本でもApple、ファーウェイに加えて、サムスン、シャープ、ソニーが5Gスマホを投入、ようやく本格的な5G時代の幕開けが視野に入ってきた。スタンドアローンの5G展開には膨大な資金が必要である。菅政権が携帯電話料金の値下げを求める中、NTTドコモ、au、ソフトバンク、楽天の通信事業者4社は本気度が試されることになる。