日本人が痺れる韓国映画の「毒」

暴力という「毒」で痺れさせてからユーモアで「毒」を抜く。この落差に呆然とさせられる。

2020年11月号 LIFE
by 貴船かずま(評論家)

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日本のコミックを原作に映画化

元徴用工問題をきっかけに冷え切った日韓関係に修復の兆しはない。ところが、こと映画やドラマに関する日本人の韓国好きは、ブームをとうに通り過ぎ確立された感がある。コロナ禍の巣籠もり生活の中、動画配信サービスで韓国映画に親しんだり韓流ドラマを一気見したりした人も多いだろう。なぜ日本人は韓国の映像作品にハマるのか。韓国映画にその秘密を探ると、文化の袋小路に陥った日本映画界の現状も浮かんできた。

「反米・反国家権力」を内包

ポン・ジュノ監督の出世作

日本において韓国映画を日常的に鑑賞できるようになったのはブームの火付け役ともなった2000年公開の「シュリ」(カン・ジェギュ監督)だ。韓国の情報部員と北朝鮮の特殊工作員による熾烈な攻防戦を描いたアクション&ラブロマンスで、ハリウッドにも負けない迫力の映像、よく練られた脚本が日本の観客を魅了した。

韓国映画界は1987年の民主化を経た90年代に変貌を遂げた。一大産業へと転換したことで制作費が増え、国際標準のクオリティーを持つ作品を次々と量産するようになる。その一例が世界20カ国以上で公開された06年公開の「グエムル 漢江の怪物」だ。「パラサイト 半地下の家族」でカンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを韓国人で初めて受賞し、米アカデミー賞でアジア映画として初となる作品賞を受けたポン・ジュノ監督の出世作である。

同作は一見すると首都ソウルを流れる漢江で、黒い両生類のような謎の生物グエムル(韓国語で「怪物」の意)が人々を食い殺すパニック映画の趣だ。しかし、怪物誕生の背景に目を向けると真の主題が見えてくる。海外の研究者が川に劇薬を流したことが原因なのだが、これは00年に在韓米軍が危険物質ホルムアルデヒドを漢江に流した事実をモデルにしている。つまり反米性を内包しているのだ。

さらに軍事政権時代の苦い記憶や現代の格差問題をも映す。ソン・ガンホ演じる主人公は河川敷で露店を商う男で底辺の人間だ。彼は一人娘を怪物にさらわれてしまい韓国兵士と共に怪物と闘うものの、怪物が新型ウイルスの宿主であるという情報により隔離されてしまう。国家権力によって不当に拘束される事態に憤った底辺の市民はデモを組織し解放を訴え始めるのである。これは民主化運動に参加した市民が韓国政府によって不当に逮捕されたり殺害されたりした過去を下敷きにしているのは明らかだろう。娯楽性を保ちつつ「反米・反国家権力」という「毒」で観客を痺れさせているのだ。この卓越した演出力は「パラサイト」でもいかんなく発揮されている。

韓国映画のお家芸ともなった暴力描写の「毒」も無視できない。毒性の極めて高い作品といえばパク・チャヌク監督が日本のコミックを原作に映画化した03年公開の「オールド・ボーイ」だ。同作は理由が分からぬまま15年間監禁された男が突然解放され、その後監禁時以上の地獄に落ちるという物語で、暴力描写の衝撃はその後の作品にも影響を及ぼし続けている。

金槌や鉄パイプで殴ったり殴られたりという経験をしていなくとも、作品で描かれる体の砕け方、血の飛び散り方には、実際そうなのだろうと思わせる真実性が宿る。日本映画でヤンキーが鈍器で殴り合いながらも何度も立ち上がる噴飯物の描写とは雲泥の差だ。この暴力の直接的な描写の背景にあるのは、軍事政権下での検閲で暴力的な描写がカットされたことへの反動という側面もあるだろう。さらに韓国はいまだ北朝鮮と停戦状態にあり徴兵制も残る。戦争という暴力の極北が眼前にあるという事実が、暴力描写に対して作り手を真摯に向き合わせているのかもしれない。

本作に「復讐者に憐れみを」「親切なクムジャさん」を加えたいわゆる「復讐3部作」に共通するのは、映像が干上がった井戸のように乾き切り異様な緊張感が漲っていること。そして救いのない話に突拍子のないユーモアが時折挟まれることだ。激痛にうめく女性の声に男が欲情したり、下半身丸出しで絶命したりする。悪趣味と言って差し支えない演出だが、この世に格好いい生き方や死に方など無いのだと言わんばかりの、人間の情けなさや人生の無常が哀切を伴って迫ってくる。暴力という「毒」で観客を痺れさせてからユーモアで「毒」を抜く。この落差に、観客は暴力礼賛とは対極にある映画なのだと呆然とさせられることだろう。

財閥が映画制作を後押し

翻って日本はどうか。国民的映画は存在せず、趣味の合う仲間内で楽しめるような内向きのものばかりが目立つ。ノスタルジー映画の代表である昭和30年代の東京を描いた05年公開の「ALWAYS 三丁目の夕日」はその典型だろう。「ちゃぶ台」「茶の間」「白黒テレビ」など、ある世代までの日本人に馴染みのある記号を示して共感を生んでいるだけ。記号を設定した上で俯瞰する視点がない。昔ながらの家族を懐かしむのもいいが、この時代も今も殺人事件の大半が親族間で起きているという背景はみじんも喚起されないのだ。

韓国は官民を挙げて映画制作を後押ししてきた。中でも財閥の功績は大きい。「パラサイト」が米アカデミー賞の作品賞に決まった時、ポン・ジュノ監督よりも先にマイクを握った女性はその象徴的な存在だ。サムスン創業者の孫でCJグループ(傘下に配給会社)のイ・ミギョン副会長。94年に米映画監督のスティーブン・スピルバーグらが創設した映画会社に多額の出資をしたのを契機に、ハリウッドに影響力を持つユダヤ人脈に食い込み発言権を得た人物だ。彼女の長年の活動が「パラサイト」に栄冠をもたらしたと言っても過言ではないだろう。

一方の日本は、東宝や松竹など大手映画制作会社がメディアや広告会社と製作委員会を作るのが主流だ。参加企業の利害の衝突が、作品から監督の作家性をはぎ取り「毒」を失わせる悲劇を生んでいる。昨年亡くなった「鉄道員(ぽっぽや)」などで知られる降旗康男監督ですら、企業からの理不尽な要求をはねのけるのに苦労したという。

「万引き家族」で日本の格差問題を描きパルム・ドールを受けた是枝裕和監督は、日本では数少ない「毒」を描ける作家だ。是枝監督はフランスで撮影した前作の「真実」に続き、次作も海外で、しかも韓国映画を演出する。出演はソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナという同国を代表するスターだ。是枝監督はどんな「毒」を盛るのか。日本で作る以上に痺れる作品になるのは間違いなさそうだ。

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貴船かずま

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