「職人の復権」こそが中小企業の未来を拓く
2022年12月号 BUSINESS [リーダーに聞く!]
1953年生まれ。南カリフォルニア大大学院修了。92年取締役、2003年副社長、14年副会長。創業者の鳥井信治郎氏は祖父、2代目社長の佐治敬三氏は伯父に当たる。大阪商工会議所副会頭を経て22年3月より現職。
――サントリーから37年ぶりに会頭に就き、8カ月が経ちました。
鳥井 当社は123年前に大阪で生まれ、大阪に育てられました。私自身も大阪に生まれ、かれこれ40年もウィスキー、ビール、ワインの品質向上に努め、2代目社長(元大商会頭)の佐治敬三の後を継ぐマスターブレンダーです。大阪のために、何らかの形でお返しがしたいという思いがございます。
――就任翌月から「やってみなはれ 中小企業チャレンジ支援プロジェクト」を始めた狙いは?
鳥井 日本の成長の原動力は、企業数の99%を占める中堅・中小企業の底力。その活力なくして大阪の未来はありません。「コロナ禍」や「原材料高」、「円安」と格闘する中小企業の未来に向けた挑戦を全力でサポートしたいと考えています。大商職員が地元1千社への聞き取りを行い、資金繰りや新たな調達先を見つけるためのウェブ取引やIT導入の支援、収益力強化の相談など、延べ3千社を超える支援を行いました。
――会頭自ら町工場やスタートアップの現場を訪問していますね。
鳥井 この間、様々な現場を訪ね多くの方々と意見を交わしながら、7月には町工場やスタートアップの皆さんと車座になり、若い経営者の熱意に心が震えました。9月には「町工場×スタートアップ コネクト」という、スタートアップの試作開発を町工場に繋ぐ新たな枠組みを立ち上げました。
――米国に行かれたそうですね。
鳥井 ビームサントリーの本社竣工に合わせてしばらくニューヨークに滞在しました。海外では、既にアフターコロナ政策にギアチェンジしており街は活気づいていました。日本も政策の軸足を移さないと、世界から置いていかれます。
――常々「日本も大阪も緊急事態」と警鐘を鳴らしています。
鳥井 日本は国内に1億2千万人の巨大市場を抱えているとはいえ、食料とエネルギーの自給率はそれぞれ37%、12%に過ぎず、外貨を獲得しなければ生きられない。ところが、今日の繁栄を日本にもたらした、たゆまぬイノベーションの生態系が衰えてきたようでとても心配です。翻って私は、日本人の強みは①手先が器用、②チームワークがよい、③勤勉であることだと考えています。こうした特徴は「ものづくり」や「サービス」に向いており、今こそ職人的な技術に秀でた中小企業の出番であり、ニッチなところでしぶとく稼ぐチャンス到来ではないかと思います。
琥珀色を帯びたウィスキーは断然複雑系のお酒です。科学が発達した今でも、ウィスキーづくりの現場は謎に満ち、樽熟成の神秘は興味が尽きない。職人の技とノウハウの蓄積が良否を分けるのです。ものづくりの現場を支える職人をもっと大切に育てなければ――。彼らの復権こそが、中小企業の未来を拓くと信じています。
――万博まであと880日です。
鳥井 今、大阪パビリオンにおける中小企業やスタートアップの出展に向け、優れた技術を持つ中小のものづくり企業やスタートアップの発掘・育成に力を注いでいます。才能ある若い方々の斬新なアイデアや大阪らしい職人の技を、世界に披露する舞台にしたいものです。私は52年前に大阪万博の米国館で見た「月の石」やソ連館で初めて食べたピロシキを覚えています。万博とは「未来への投資」であり、国内外の若者が楽しみながら、科学の力で人間の未来を体験できる空間にできたら素晴らしいと思います。我が国の30歳未満人口は約3500万人(全体の約27%)。万博の成功は若い人がどれだけ来てくれるかにかかっています。万博の大舞台は若者が主役でなければ面白くありません。
(聞き手/本誌編集長 宮嶋巌)