本誌表紙絵 「澁澤星ワールド」 俯くバレリーナとオーロラ

本誌の通巻200号を飾る表紙絵は どこか謎めいた雰囲気を醸し出す。 主役はオーロラの劇的色彩そのもの。

2022年12月号 LIFE
by 深山朔次郎(評論家)

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俯いたバレリーナは何かに気落ちしているのか。それともこれから迎える本番を前に、湧き上がる高揚感に満たされているのか。

本誌の通巻200号を飾る表紙絵はどこか謎めいた雰囲気を醸し出す。2015年5月号から表紙を描き続ける日本画家の澁澤星さんが付けたタイトルは「オーロラ」。バレリーナとオーロラに直接的な接点は見いだせない。

「バレリーナの躍動感よりも、色彩美や指先のフォルム、しぐさを描きたかったのです。パッとした明るい色で……」(澁澤さん)

俯くバレリーナをオーロラと題したのには訳がある。新型コロナウイルス禍で外出など日常生活に制約がかかり、その分、開放的な風景やイメージへの憧憬が強くなったからだという。「いつか、北欧のオーロラを見てみたい」――。長期にわたる屋内での閉塞感を伴う生活が呼び寄せた幻想的な心象風景。そこにプラスされたのが、学生時代から描いてきたバレリーナのコケティッシュな姿態だった。「モデルになった方々にはコンテンポラリー系のダンサーも多く、その身体性や物語性に興味があり、シリーズものとして描いてきました」(澁澤さん)

もちろん、印象派の巨匠ドガや、ロートレックが描く「踊り子」を題材とした作品もお気に入りだから、その影響もあるのだろう。

加えて、北欧の夜を解放感で包み込むような劇的な色彩は、鮮やかな色調を保つ岩絵具とも親和性があるようだ。「バレリーナがまとう衣装の青色は、空のグラデーションからイメージし、金箔はまばゆい光がある感じにしたかった」と明かす。

ここまで書けば、表紙絵のモチーフが何であるか、もうお分かりだろう。主役は、自然の明るい色、オーロラの色彩そのものなのだ。

この作品は緊急事態宣言下の2021年5~6月に描かれた。鬱々とした感情が頭をもたげる中、いつしか作品の制作過程で「光を求めるようになっていた」「ポジティブなものがないと描く原動力が湧いてこない」と言う澁澤さんにとって、今回の「オーロラ」は、コロナ禍という暗いトンネルの中でかすかな光を見いだした「希望」を象徴する作品になったのではないか。

本誌7月号で「儚くも可憐な『澁澤星ワールド』」と題して、その魅力について「現実と理想、実在と幻想、過去と未来……。そのあわいを往還し、越境する旅人よ。それが澁澤ワールドの原風景である」と紹介した。「オーロラ」もその系譜に連なる作品だが、儚くも可憐な女性像に「あえか」という、源氏物語にも見みられる美しい大和言葉を付け加えたい。時代によってその意味は少し異なるが、辞書には「自然の景物や夢、希望などのはかなげで美しいさま」とある。

宮沢賢治は口語詩「春と修羅」の中で「やぶうぐひすがしきりになき のこり雪があえかにひかる」と、いつしか消えてしまう残り雪のはかなさを鮮やかに歌い上げたが、極北の天空にはためくオーロラの幻想的明滅こそ、「あえか」な澁澤ワールドにぴったりの自然現象ではなかろうか。

今回の「オーロラ」を含む澁澤さんの作品は11月23~28日まで福岡三越の個展で飾られる。https://www.iwataya-mitsukoshi.mistore.jp/mitsukoshi/shops/art/art/shopnews_list/shopnews025.html

重苦しく不安な世相に一条の光を見いだそうとする人々を励まし、共感をもって迎えられるだろう。静かに光り輝く「オーロラ」は澁澤さんの「祈り」そのものである。

著者プロフィール

深山朔次郎

評論家

   

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