2023年5月号 連載 [コラム:「某月風紋」]
エジプトに砂嵐が吹き始める時、春の訪れは近いといわれる。日本の春一番が季節を告げるように——。首都カイロから南へ約40㎞、サッカラの発掘現場を3月初旬に訪れた。砂嵐の第1波で霞むようにして、太陽に照らされると色彩が美しい「赤ピラミッド」が見える。
欧州で今、エジプト文明を中心として、植民地時代かそれ以前でもアフリカを中心として本国に持ち帰った遺品を返還するか否かの論議が巻き起こっている。世界最大のクフ王のピラミッドの近くに、エジプト政府は「大エジプト博物館」を建設中である。欧米諸国に遺品の返却を求めてきた。
旧カイロ博物館(現国立文明博物館)の入り口にはポスター大の「ロゼッタストーン」の写真が掲げられている。古代エジプトの象形文字(ヒエログリフ)を解くカギとなった。いま大英博物館の展示品の目玉である。
アフリカなどの旧植民地の遺産の返還に積極的なのは、仏のマクロン大統領である。アジアとともに経済成長が期待されるアフリカとの外交関係を築きたいという意図も透けて見える。
仏の遺産返却も壁にぶつかっている。アフリカの国境線は列強によって引かれたもので、複数の部族を意識したものではない。ある遺産を返却したとしても、ある部族にとってはまったく関係がない。
遺産返還の動きは、広がっている。英国ホーニマン博物館は8月、植民地だったナイジェリアの南部にかつてあったペニン王国に約70点を返した。ロゼッタストーンは、所有権は大英博物館のままにして年限を区切って貸し出す案などが浮上している。
「倭の五王」など古代日本の歴史を刻んだ「広開土王碑」は戦前の宮内省に拓本が献上されたが、略奪していない。民主党政権下に韓国に渡した朝鮮王朝の行事手順を記した「朝鮮王室儀軌」は、日本人が資料を集めて復元した模写である。
(河舟遊)