コロナ禍のどん底から再び「観光立国」の礎に
2023年12月号 BUSINESS [リーダーに聞く!]
航空連合会長 1974年生まれ。早稲田大学理工学部卒業。98年全日本空輸株式会社入社。IT部門を歩み、2009年からANA労組専従。13年から産業別組合である航空連合で政策・政治担当、事務局長を経て、21年10月より現職。
――コロナ禍を乗り越え、航空業界の労働環境はどのように変わりましたか。
内藤 直近の23年9月には国内旅客がコロナ前同月比91・2%、国際旅客が同66・6%にまで回復しました。国際旅客は年始の45・6%から現在に至るまで急回復しています。嬉しい反面、職場の人員体制は需要回復のペースに追いついていません。職場からは「コロナ前以上に体制が逼迫している」との悲鳴があがり、繁忙感が非常に高まっています。
――空港業務の人手不足が深刻化しています。観光立国の隘路になりませんか。
内藤 日本は島国であり、インバウンドの95%が航空を利用します。そうした日本の観光を支える空港の持続性という点で非常に強い危機感を覚えています。空港は利用者の目につかない裏方も含めて専門性の高い多くの人材がチームワークで航空機の安全運航と快適、定時のサービスを支えています。特に全国の*グランドハンドリング従業員数はコロナ前と比べて1割から2割減少しました。その原因はコロナ禍における採用抑制と離職者の影響です。ピークは過ぎたものの離職は現在も継続しています。コロナでは年収が大幅に減少し、生活上の理由からも中堅社員が相当数離職しました。今、各社は懸命に採用していますが、新入社員が一人前になるには4、5年を要します。需要が回復するなか、各社では中堅社員が高度な業務を多く任されるうえに新入社員の育成、指導もおこなっています。このままでは中堅層が繁忙感からさらに離職する悪循環に陥る危険があります。
――ANAの専従から10年前に航空連合に入り、2年前に会長に就かれました。
内藤 私が着任した2013年の航空連合は53組合、35128名の組織でした。当時はリーマンショックや東日本大震災などの影響を受け、航空産業は厳しい状況でしたが、労使が協力して危機を乗り越えてきました。その後、東京オリパラの開催が決定し、政府が2020年にインバウンド4千万人をめざすなど、明るい将来に向かっていく雰囲気を感じていました。事務局長だった21年時点で56組合、47317名と結成以来最大規模となりました。しかし、コロナ禍を経て現在は44306名とほぼ3千人の仲間と離れることになりました。航空連合は今年で結成から25年目を迎えました。航空労働界は長く労使が対立していましたが、先輩たちのご尽力があって現在の民主的な労使協調の運動が確立されました。未曽有のコロナ危機も労使が一緒に悩み、苦しんで知恵を出し合わなければ乗り越えることができなかったと確信しています。
――労組のトップとして未曾有のコロナ禍を振り返り、一番苦しかったことは?
内藤 「考え抜いた結果、転職することにしました。航空業界や会社が嫌いになったわけではありません……」。私自身こうしたメールや電話を十件以上受けました。仲間が職場を去っていくのを止められない自分が一番苦しかったですね。出口が見えない中、全国の職場で起きている離職を早く止めなければならないと強く思いました。まず、人口減少が進む日本でインバウンド誘客は国家戦略であり、航空産業は数少ない成長産業だと職場に訴え続けました。そして、利用者が少なくても公共交通として安全運航を堅持しているのは働く私たちの使命感、誇りであると。連合の尊敬する先輩からの「産業で働く誇りを持つことが許されるのは、その産業で働く人だけだ」という言葉が心の支えになりました。
――ご出身のANA会長が真っ先に「雇用は守る」と宣言した時、どう思ったか。
斉藤国交相に令和5年度予算・税制改正に関する要請を行う内藤会長(2022年12月5日)
内藤 航空産業は現場で働く人が安全を守り、品質を提供しています。ですから働く人が雇用に不安を抱えながら仕事に向き合うことは許されません。経営が早々に雇用確保のメッセージを発信したことは、その後、企業存続と雇用確保という労使共通の目標に向かううえでの出発点になったと受け止めています。航空連合の役割として何度も霞が関、永田町に通い、政府、政党に雇用確保や経済支援を要請しました。未曽有の危機ですから、前例にとらわれず、大臣への直訴や与党にも要請をおこないました。2023春闘では、職場から「国や関係者から多大な支援を受けているなかでベア要求できるのか」という声が少なからずあげられていましたが、私は「航空産業の回復と成長は日本にとって必要だ」という斉藤(鉄夫)国交大臣の言葉を伝え、そのことがその後の要求方針への後押しにつながったと考えています。
――「航空業界は脆弱」というイメージを打破するため、航空連合は何をしますか。
内藤 働き方に見合った適正な賃金は働くうえでの根幹です。「産業の転換点」と位置付けた2023春闘では、航空連合過去最高のベア6千円以上(定期昇給除く)の方針を掲げ、加盟57組合のうち49組合がベアを要求しました。その結果、42組合で平均6100円の有額回答を獲得できました。とりわけ空港従業員の賃金は産業内の他の職種と比較しても低く、問題です。そのため、産業一律のベア要求だけではなく、めざすべき目標賃金水準を設定し、他産業に見劣りしない賃金の実現に取り組みます。2024春闘では2023の要求水準や回答を出発点としてさらなる「人への投資」を求めていきます。職場からは入社前のイメージと実際の仕事とのギャップに悩む声も多くあげられています。「育児をしながらこの仕事は続けることはできない」「数十年、働き方がまったく変わっていない」こうした率直な声に対して、労働組合が一つ一つスピード感を持って解決に取り組む必要があります。
――日本は世界一安全で物価が安い国になっています。観光立国のチャンスでは?
内藤 日本の観光資源は豊富で、コロナを経ても一切傷ついていません。リアル体験の価値が高まっており、日本は観光立国実現に全力を注ぐべきです。政府は観光庁を省庁横断で強力なリーダーシップを発揮できる「観光省」へ格上げしてはどうでしょうか。観光と文化やスポーツとの連携、日本の高品質な農産物の輸出との連携、休暇改革など、国を挙げて本気度を示す大胆な政策の実行が求められます。航空産業では、搭乗ゲートや空港内車両の共有化などが始まっていますが、狭い世界で無駄なコスト競争に陥っていないか、航空連合だからこそ経営に提案していきたい。そのことで産業レベルでのスケールメリットを活かした生産性向上を実現し、「人への投資」の原資を継続的に生み出すことが可能となります。コロナという業界全体を襲った危機を経験した者同士だからこそ、生き残るために協力の範囲を広げることができたという教訓です。労使がその教訓を忘れることなく、そして苦境に耐えて強さを身につけた私たちが存分に力を発揮することで、航空産業は再び飛躍し、社会に貢献できると確信しています。
■ 聞き手 本誌編集長 宮嶋巌