『官僚国家の崩壊』
2008年7月号
連載 [BOOK Review]
by 石
6月初め、自民党最大派閥清和研の代表世話人の1人である中川秀直・元幹事長を囲む勉強会が発足した。増税によらぬ経済成長で財政再建を目指す「上げ潮派」の政策提言をとりまとめることが狙いで、86人中33人の同派議員が出席。ポスト福田を意識した動きと、さっそく同派最高顧問の森喜朗・元首相は「わが派がやっちゃいけないこと」と釘を刺している。
その「中川勉強会」のテキストになるのが、『官僚国家の崩壊』。折しも与野党の折り合いで、曲がりなりにも国家公務員制度改革基本法が成立した。
中川氏が本書でやり玉にあげるのは「既成の組織、既成の方針、過去の成功体験などを金科玉条とし、学歴に基づく自らの身分に誇りを共有する、官僚機構、日本銀行、経済界、学界、マスコミなど、あらゆるところにネットワークをはる複合体の人脈」である。官僚を中心とした劣化したエリートたちが形成する見えざる抵抗勢力の複合体であり、「ステルス複合体」と名づける。
見えざる複合体がいかに日本をゆがめ、構造改革の進化・発展を阻止してきたかを説き、今こそ官僚主導から政治家主導の政治に切り替えねば日本の未来はないというのが、中川氏の主張である。大筋で異論を差し挟む余地はないが、より興味を引くのは後半の「21世紀の大戦略」以降の、具体的な政策提言部分だろう。
国内の成長政策を背景にした対中自立の外交政策、多極化時代の選択肢としてのNATO加盟の可能性などに言及、農業政策についても営利事業を禁じられているJA(農協)の零細農家集約による積極的な事業展開などを主張している。
そうした思い切った政策を推し進めることができるのは、官僚ではなく政治家であるといい、政治主導の行政についても、より詳細に論じている。
中川氏は省益による予算の硬直化や縦割り行政、恣意的な許認可、天下りなどの拠りどころになっているのが省庁の設置法であるとし、公務員制度改革には省庁別の設置法廃止が欠かせないと主張する。また現在の内閣は、官僚が与党を巻き込んで内閣を牛耳る「官僚内閣制」であるとし、幹事長、政調会長など与党の役職を無任所国務相として内閣に取り込み、政府与党の一元化をはからねばならないという。
賛否は別として、具体的政策は有権者の関心を呼びそうなのに対し、タイトルにもなっている「官僚国家の崩壊」には、もうひとつ説得力が乏しい。「国民感情を鼓舞するレトリックは政治家のみがつくることができる」と書いているが、レトリックを導く言葉が未成熟のままだからではないだろうか。
最大の敵に与えた「ステルス複合体」という言葉にしてから、説明されれば納得がいくが、単語だけではイメージが湧かず、インパクトに欠ける。さらに官から民へ、民から官へ出入り自由な「回転ドア」方式とか、「専門専制」「器の政治」「気概政治」「泥武士」など、膝を打って応じたくなる表現ではあるまい。
政治日程に急がされたとしても、各所に心を打つ主張、提言もあるだけに、やや惜しまれる。