『損保の闇 生保の裏 ドキュメント保険業界』著者/柴田秀並 評者/江上剛
2024年7月号
連載 [BOOK Review]
by 江上剛(作家)
本書は、ビッグモーター事件から「損保の闇」、第一生命生保レディ事件から「生保の裏」を追及する。綿密、濃密な取材に基づく迫真性は、まるで上質のミステリーを読んでいるようだ。
なぜ損保ジャパンの白川儀一社長は不正が疑われていたにも関わらず取引再開を決断したのか。私は、白川氏は「何かを失うかもしれない恐怖」に捉われてしまったのだろうと、ある雑誌に書いた。失いたくないのは社長の座、業績、実力CEOの信頼などである。人はこの恐怖に捉われると問題を過小評価してしまうものだ。諫言する社外取はいなかったのか――。損保ジャパンが社外取締役制度を廃止していたことを本書で知った。うるさい社外取を排除するために制度そのものを廃止したのだ。何と愚かなことをしたのだろう。
この恐怖は白川氏のみならずライバル各社の全幹部を覆っていた。その実態を「損保の闇」は赤裸々に暴いている。ビッグモーターは彼らの恐怖を巧みに利用し、翻弄した。情けないことに、どの会社も不正を質す勇気がなかった。談合体質に狎れきっていたからだ。
損保業界は企業保険の分野でも金融庁に厳しく弾劾された。ある損保首脳が「企業や代理店を堕落させ、自らも堕落してきたのがこれまでの損保の歴史ではないか」とシレッとして語っていた。そのお陰で多くの契約者が不利益を被ってきたのに、何たる言い草か。「商売は正しくなければ長続きしない」という損保ジャパンの祖、安田善次郎の言葉を、損保業界全体で噛みしめてもらいたい。
「生保の裏」には超成績優秀な生保レディに忖度し、その言いなりになる生保幹部たちが登場する。その機嫌を損ね、業績が悪化する恐怖に捉われてしまったのだ。彼女がある銀行のトップと昵懇であったため見て見ぬ振りをするのは、私が勤務していた第一勧業銀行(現みずほ銀行)が大物総会屋の言いなりになったのと同じ構図だ。
最悪なのは生保各社が生保レディに過大なノルマを課し、高齢者の不安を煽り、あくどく高リスクの商品を売りつけていることだ。90代の夫婦に取り入り、多数の不利益な契約を締結させる手口が克明に描かれている。その営業実態は特殊詐欺グループが高齢者の懐を狙うのと大差がない。また税法の間隙を縫う「節税保険」や「外貨建て保険」の回転売買などは、生保幹部でさえ「顧客のためになっていない」と嘆く程だ。バブル時代に銀行と一体になって相続対策と銘打って高額の変額保険を販売し、多くの顧客を破綻に追い込んだ過去を忘れてしまったようだ。
生命保険協会のHPを見ると生命保険を日本に初めて紹介した福澤諭吉の「生命保険は人の生涯を請合ふ事」という言葉が掲載されている。人々の生活を請け負うどころか、破綻に追い込む可能性がある高リスク商品を押し売りしている姿は恥ずかしすぎる。
今、政府は国民に貯蓄から投資へと呼びかけているが、顧客を蔑ろにし、我欲にひた走っている保険業界には、その役割を担う資格はない。多くの国民が本書を手に取り、損保・生保業界の甘言に乗ぜられず、対等に交渉ができるようになればいい。