『起業の天才! 江副浩正―8兆円企業リクルートを作った男』

「いかがわしいならずもの」の応援歌

2021年3月号 連載 [BOOK Review]
by 瀬尾傑(スローニュース社長)

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『起業の天才! 江副浩正―8兆円企業リクルートを作った男』

起業の天才! 江副浩正―8兆円企業リクルートを作った男

著者/大西康之
出版社/東洋経済新報社(本体2,000円+税)

なぜ日本にグーグルやアマゾンが生まれなかったのか――。繰り返される問いかけへの答えが、この本にはある。

「戦後東京大学が生んだ最大の起業家」といわれた江副浩正は、リクルートの前身である「大学新聞広告社」を創業以降、日本の情報を独占してきた既得権益を破壊してきた。

「リクルートブック」は優秀な大学生を教授とのコネで集めてきた大企業の利権を破壊した。「住宅情報」は新聞社の不動産広告に楔を打ち込んだ。結果、エスタブリッシュメントには「ならず者」への怒りが澱のようにたまり、リクルート事件で爆発。袋叩きにあった稀代の起業家は表舞台から姿を消す。

著者の大西は、長く沈黙を保ってきた元リクルートコスモス社長の池田友之をはじめ膨大な関係者、資料にあたり江副の生涯を丹念に描いた。中内㓛、稲盛和夫、盛田昭夫、亀倉雄策ら多彩な人物が登場する中でも、アマゾンの創業者、ジェフ・ベゾスとの関わりには驚く。

江副は早くからリクルートの本質を「情報産業」だと見抜き、コンピュータと通信に巨額を投資していたのだ。電電公社の民営化が進められていたころに、クラウドサービスのようなネットワーク型事業を思い描いた。

その中核のコンピュータセンターとして計画したのが、川崎市の「川崎テクノピアビル」。当時の川崎市助役への未公開株あっせんが発覚し、リクルート事件の発端になった土地だ。

江副のビジネスには「未公開株の斡旋」に限らず、「土地の底地買い」「学生名簿の売却」など、法律にふれないが道徳には抵触する事例がつきまとう。経営者としてのモラル欠如が事件を招いたと著者は指摘する。

その一方、事件後、江副からリクルートを任された中内㓛が、綱紀粛正かと緊張する社員を前に、こう演説したと書く。

「わしのところもそうやったが、若い会社というのはたいがいいかがわしいもんや。でもあの事件があってもお客はリクルートを必要としているやないか」

「『いかがわしい』と言う奴らには言わせておいたらええ。君らはそのままでもええんや。ええか、おまえら。もっといかがわしくなれ!」

「うおーっ!」

1000人が立ち上がり拳を突き上げた。

いまリクルートは米国の求人検索大手「インディード」を買収し、連結売上高2兆3千億円のうち1兆円を海外で稼ぐ国際企業に成長した。ベンチャー界隈には元リクルートの若き経営者の活躍が目立つ。

「いかがわしいならずもの」を日本の社会はどう応援するのか。江副が残した宿題は、まだ解決していない。(敬称略)

著者プロフィール

瀬尾傑

スローニュース社長

   

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