激変アパレル「独裁者」の実像

『ユニクロ帝国の光と影』

2011年5月号 連載 [BOOK Review]
by 石田修大

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『ユニクロ帝国の光と影』

ユニクロ帝国の光と影
(著者:横田増生)


出版社:文藝春秋(税込み1500円)

いつの間にか風が変わっていた。気がつけば、かつてのブランド信仰は嘘のように後退し、銀座の代名詞だった高級店に替わって、H&M、ZARA、アバクロ、フォーエバー21など、海外のファストファッションの旗艦店が軒を並べる時代になっていた。

そんななか、いち早く風の変化を察知して、海外勢力と肩を並べる存在にのし上がったのが、柳井正率いる「ユニクロ」である。父親の洋服店を引き継いだ柳井は1984年、広島市にカジュアルウエアの安売り店「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」を立ち上げる。試行錯誤の末、原材料から生産・物流・販売までコントロールするSPA(製造小売り)に転換、フリース・ブームを機に米・英・仏・中国に店舗展開するグローバル企業に成長させた。

物流業界紙出身の著者が、アパレル業界におけるユニクロ成功の秘密を解き明かした本書は、近年の流通の激変をビビッドに描いて、一般読者にもわかりやすい。業界の慣習である委託販売に疑問を持った柳井が、「安くて良い服」を求めて、生産、物流を手がけ、さらに製造原価の7割を占める生地、原糸調達にも乗り出す姿は、ファストファッションという業態のチャレンジ精神をあらわしているように見える。

著者の眼はユニクロのシステムの細かい部分にも注がれる。一例が3段階の発注システム。ポロシャツをつくるのに、まず原糸だけを発注、次に生地の種類と色を決め、最後に具体的な製品を発注する。こうすれば、売れ行きに応じて半分をTシャツに変えたり、色も変えるなど、状況の変化に迅速に対応できる。

前著『潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影』で、物流センターでの労働体験を描いた著者だけに、ユニクロへの関心の一半は労働環境にあったようだ。本書の大半は、柳井のワンマン経営ぶりと、国内外の店舗、協力工場の労働実態に割かれ、ユニクロとは対照的なスペインZARAへの現地取材のあと、「柳井を辞めさせられるのは柳井だけだ」と、独裁者ぶりを描いた終章に至る。

社長を譲った若手幹部が業績を伸ばしたのに、チャレンジ精神が足りないと退けて、自ら社長に返り咲く。わずかな期間に中途入社の執行社員が十数人も辞めていく。現場の判断こそ重要といいながら、店長に実質的な権限を与えず、人件費削減ばかり求める。

そんな実態が次々と暴かれ、柳井のワンマン経営ぶりがさらけ出される。そして「柳井の経営に対する勘や時代の流れを読む能力が、加齢とともに衰えていけば、企業も衰退していく」と断ずる。

たぶん、その通りだろうとは思う。だが、数多くの関係者への取材を重ねながら、いま一つ歯がゆい。というのも柳井自身のインタビューが官僚答弁に近く、退職幹部らの直接証言もほとんど得られず、店舗、工場従業員の証言も仮名のせいだろう。ユニクロの秘密主義ばかりが印象に残った。

今度の東日本大震災で、日本経済には別の風が吹きはじめるだろう。新しい風を流通業界やユニクロはどう受けとめるか。柳井は再び風に乗れるのか、あるいは吹き飛ばされるのか。

著者プロフィール

石田修大

   

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