真相解明のためなら何でもやる矜持!

『日本医師会の正体』なぜ、医療費のムダは減らないのか 著者/杉谷剛 評者/清武英利

2026年2月号 連載 [BOOK Review]

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『日本医師会の正体』なぜ、医療費のムダは減らないのか

『日本医師会の正体』なぜ、医療費のムダは減らないのか

著者/杉谷剛
出版社/文藝春秋
定価/2000円+税

「大事なことは面倒なことですよ。でも、面倒なことこそが大事なことです」というのだ。私はそれを心に抱いた。「読売のドン」と闘っているとき、大井倫太郎弁護士から繰り返し諭された言葉である。

一徹者の弁護士の教えに沿って言うと、医師の聖域に分け入った本書は、腹の立つほど面倒な本だ。私たちの命を司る医師業界や診療報酬の世界は政官界ともつれ合い、複雑な装いを呈しているからだ。

その厚い壁を、還暦過ぎた編集委員の杉谷剛が一枚一枚破っていく。そして、医師会が「票とカネ」を武器に政治家を動かし、診療報酬という「医療の値段」の決定に大きな影響力を及ぼしている事実を証明している。「ノンフィクションの真の醍醐味は、構造解析を伴う真相解明である」と言ったのは作家の立花隆だったが、351ページの難解な記述を乗り越えたところに、「そうか、そうだったのか」と思わせる力が本書にはある。

杉谷は今では珍しい突撃型の特ダネ記者で、識者然としたメガネと円満そうな風貌に反して、上司、先輩、取材先とあたり構わず喧嘩してきたので「ファイター」の異名があった。もともと産経新聞の司法記者だ。だが、泊り勤務のときに先輩たちと「天皇の戦争責任」を巡って朝まで議論した末に、「戦争責任なし」とする先輩らと大喧嘩し、憤然と東京新聞に転じた反骨者である。

その硬質の記者が2021年9月に東京新聞の社会部長を外され、一兵卒に転じたというので、興味津々、彼の仕事ぶりを見守ってきたが、それから新聞の一面や社会面に彼の署名記事を見つけて、目を見張ることが重なった。「還暦記者がやってるなあ」と思った。

杉谷が仕掛けたキャンペーンの結実が、この日本医師会の正体解析である。彼の忖度なき調査報道に敬意を表して、私は拙著『記者は天国に行けない 反骨のジャーナリズム戦記』(文藝春秋)に、「部下なしの後のスクープ」という一項を設け、4ページに渡って彼の奮闘記を書いた。

そこにも記したが、私が一番好きなのは本書の第六章。杉谷が〈日本医師会の政治団体が麻生派に異例の高額献金 診療報酬改定で関係改善狙う? 21年秋に5000万円〉(東京新聞23年3月17日付け)という一面スクープを放つ際、約1カ月間、国会や自民党本部に通い、取材するくだりだ。彼は7回目にして国会のトイレに入り込み、自民党副総裁の麻生太郎をつかまえる。麻生は「非常識の極みだ」と嫌味を放つ。杉谷は引かない。この下品で一途な手法こそが表層報道を続ける番記者たちにできぬ調査報道の流儀だ。

杉谷が社会部長から一兵卒に戻った時、私にこう言った。

「ネットメディアに対抗して、新聞にできることは、スクープ報道と調査報道キャンペーンしかないです。政官業の利権構造は、政治家や官僚たちによる巧妙な税金横領システムにほかならず、政治家は票とカネを、官僚は天下りを、業界は利益を手にしています。僕はこれからも愚直にその構造を報じていこうと思います」――。スクープと真相解明のためなら何でもやる、という社会部記者の矜持を感じ取ってほしいと思う。

■評者プロフィール

清武英利

 清武英利
 ノンフィクション作家
 1950年宮崎県生まれ。立命館大学経済学部卒業後、75年に読売新聞社入社。
 運動部長を経て、2004年8月から11年11月まで読売巨人軍球団代表。
 14年度『しんがり 山一證券最後の12人』で講談社ノンフィクション賞受賞、
 18年度『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』で大宅壮一ノンフィクション
 賞読者賞受賞。著書多数。

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