米車市場「リーマン前そっくり」

サブプライム層にローンで高い車を買わせる一方、中古車価格は値崩れ。嫌な予感。

2016年10月号 BUSINESS

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日本の自動車メーカーが「稼ぎ所」としている米国の自動車市場に変調の兆しが現れている。2016年8月の米国での新車販売台数は前年同月比4.1%減の151万台となり、前年同月割れは5月以来で、今年に入って3度目。日本車も軒並みダウンして、トヨタは5%減の21万3千台、ホンダは3.8%減の15万台、日産は6.5%減の12万5千台。SUVが好調の富士重工業だけが販売を伸ばし、14.7%増の6万台だった。

米調査会社オートデータによる季節調整した16年通じての販売予測も1700万台で、昨年実績の1779万台を下回る。16年の全需は前年割れが確実との見方が業界では支配的になりつつある。1~8月累計の新車販売台数は0.6%の微増だが、米国のアナリストらは「リーマン・ショックによる買い控え後の反発需要のピークが過ぎた。9月以降の伸びは期待できない」と分析する。

低所得者に売り込む米社

こうした中、米ビッグスリーは「インセンティブ」と呼ぶ値引き販売に走っている。7月の業界平均の1台あたりの値引き額は3411ドル(前年同月比11%増)なのに対し、ゼネラル・モーターズ(GM)の値引き額は最も大きく4564ドル(同7.2%増)。クライスラーが4159ドル(同17.6%増)、フォードが4144ドル(同37.3%増)。フォードとクライスラーは2桁の伸びだ(表参照)。

米国の自動車市場の構造を見ていくと、「ライトトラック」と呼ばれる大型のSUVやピックアップトラックの比重が著しく高まっている。8月の全需に占める割合は60%で、4年前から約10ポイント上昇。8月の販売台数もこのセグメントだけが2.5%増加したのに対し、トヨタの「カムリ」やホンダの「アコード」など乗用車セグメントは12.6%も減少した。

ライトトラックは利益率が高い。米ビッグスリーのライトトラックは「フレームボディー」というシンプル構造。いわばプラモデル的な作りで、減価償却が終わった古い工場で生産して収益源としている。クライスラーのライトトラック比率が最も高く78%で、GMが70%、フォードが69%。ちなみにトヨタとホンダは49%、日産は43%だ。

このため、米国は今でもこのセグメントに高い輸入関税をかけて保護している。500万円以上と高価なうえに燃費も悪いが、原油安と低金利を背景に、「サブプライム層」と呼ばれる所得が高くない世帯に値引きして売り込み、販売台数を伸ばしてきた。この構造はリーマン・ショックの前と変わらない。

米国の新車販売は残価設定型のローンが中心だ。たとえば、3年後の残存価格を高めに設定して、月々の支払いローン額を低額に抑えて所得が低い層にも高い車が買えるようにしている。自動車メーカーは金融子会社を持っており、ローン債権を金融商品として転売し、そこでも収益を上げている。

しかし、ここにきて、フォードが「サブプライム層向けローンで焦げ付きが出始めている」と公式にコメントしたため、「リーマン・ショックの予兆とまでは言えないものの、警戒しておいた方がいい」(日系メーカー関係者)との見方が出始めている。米国における自動車ローン支払いの90日以上の遅延率もやや上昇傾向にある。

米国での自動車販売で収益を上げるためには、金融技術が使えることと、中古車価格を高めに維持できることが前提となる。残存価格を高めに設定してローン支払額を抑えて車を売り込んだ場合、中古車市場が堅調であれば、引き取った車を残存価格よりも高く売れるからもうかる。しかし、中古車が値下がりし、残存価格が中古車価格を上回るようになると、自動車会社は逆ザヤ状態に陥り、売れば売るほど損をする。

「リーマン・ショックから立ち直ってここ数年、市場全体が伸びてきた米国では16年、リースやレンタカーから中古車市場へ流れる車の台数がピークを迎えるだろう。このため中古車価格が下がるリスクが高まっている」(米国アナリスト)。日本メーカーの米国駐在員も「ビッグスリーを中心に中古車価格が下がり始めている」と言う。

さらに、米国自動車市場を支えるのがレンタカー会社向けの「フリート販売」と呼ばれる販売方法。この方法はある種「麻薬」で、多用すると新車販売は伸ばせるものの、中古車の値崩れを招くことになる。中古車価格が落ち始めたGMは今年3月、「フリート販売を、2015年の37万台から30万台に落とす」と公表した。また、今夏、クライスラーが新車販売台数を水増ししていたとして、米司法省が調査に入った。「今のクライスラーの経営陣は日産のカルロス・ゴーン氏のように必達目標に厳しいことで有名。業績が落ち始める中、焦って不正を働いたのではないか」との見方も米国内で出ている。

日本車は今のところ好調

今のところ日本メーカーの業績については、大きな変化は見られない。

トヨタの16年度第1四半期決算(4~6月)は、北米での販売台数が71万5千台と前年同期比で14%減少した。要因は、主力の「カムリ」がモデル末期だったことと大型ピックアップの供給力不足によるもの。ただ、販売台数減を経費削減で補い、北米地区の営業利益は9.4%増の1654億円。日本からの輸出利益もあり、依然米国は最大のドル箱になっている。

ホンダの北米での販売台数は、2.6%増の51万台。昨年末にモデルチェンジした新型シビックやSUV「CR-V」が好調だ。北米地区の営業利益は57.1%増の1712億円で過去最高となり、営業利益額でトヨタを追い越した。

日産も北米は8.9%増の52.9万台。SUV「ローグ」などの販売は好調だった。だが、円高とコスト増の影響で北米地区の営業利益は17.3%減の794億円だった。

米国では年内中の利上げの観測も出ている。こうなれば、自動車ローンにも影響する。米国の自動車の販売現場からは「金融セクターの動き次第では市場が萎む」との声も出ている。

自動車業界は生き馬の目を抜く世界だ。雇用吸収産業であるが故に国策も絡んでくる。米国では「ZEV規制」と呼ばれる環境規制も強化される。優勝劣敗が一夜にして変わる産業だけに、ドル箱の米国自動車市場の動向からは目が離せない。

   

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