怪物と化した歴代トップの「人災」
2017年11月号
連載 [BOOK Review]
by 塩野誠(経営共創基盤 取締役マネージングディレクター)
哲学者は言った。「怪物と戦う時には、自らが怪物とならぬよう気をつけよ」。本書はトップたちが名門企業・東芝を深淵へと誘う悲劇を紡いだものである。
東芝の元広報室長は歴代トップを「模倣の西室、無能の岡村、野望の西田、無謀の佐々木」と評した。気骨ある綿密な取材で彼らの姿を露わにするのは、築地界隈では「最後のジャーナリスト」とも呼ばれる大鹿靖明氏である。著者は幼少時にまで遡ってトップたちに肉薄する。
90年代後半、電機業界のスターだった西室は海外営業畑という傍流の出身で、部下によれば豪放磊落、得意の英語力で欧米人とサシで交渉できたという。西室後に7人抜き抜擢人事の岡村に次いで社長となった西田も、イラン現地法人を振り出しとする海外畑。大学院博士課程を挫折した異色の経歴を持ち、英語、ドイツ語の原書を読み、カント、フィヒテを語る「インテリ経営者」であった。本書によれば彼らは時代が欲した国際派であり、「内弁慶ではなく見栄えのする新しいタイプの経営者」だった。人物としても魅力的に映る。西室による社内カンパニー制、選択と集中のM&A、ハードからサービスへの事業改革。時代を先取りした経営によって東芝は栄華を極めるかと思われた。
だが、西室は著者の夜回り取材に当時のソニー出井社長への対抗心を露わにし、「僕は東芝の社長で終わらないよ」と漏らし、側近に「経団連会長になれるのであれば、なりたい」と話す。一方で役員時代に西田は「僕はできることならば社長になりたい」と公然と口にする。本書で公開される、佐々木がつくらせたという歴代社長のランキング表(佐々木が1位)は、作成した担当者が憐れになるような代物である。「お公家さん」とも揶揄された穏やかな社風の東芝の中で、強烈な自我と嫉妬心、上昇志向に翻弄され、出世レースに邁進する役員たち。そこには顧客や社員を想う姿はない。
著者は「どんな名門企業といえども、トップ人事を過(あやま)てば、取り返しがつかない」と言う。原発メーカーのウェスチングハウス買収時の、初期入札より3~4千億円割高となったオークションでの焦燥や、西田から佐々木に継承されたバイセル取引による粉飾会計などは、トップたちの個人的な名誉への固執に因をなすだろう。また、本書は名門企業が墜ちていく過程を貪りカネにした会計士や弁護士ら専門家、沈黙した社外取締役、そして規制当局の欺瞞をも暴き、正義を問う。著者曰く「東芝で起きたことは、まさに人災だった」。怪物と化していくトップを穏和な社員たちは止められなかったのか。事程左様に独裁者の野心と規律の両立は難しい。組織人ならば本書の一読をお薦めする。(敬称略)