『生命保険の不都合な真実』

「正しく稼ぐ」ことが如何に難しいか

2020年2月号 連載 [BOOK Review]
by 布施太郎(ダイヤモンド編集部副編集長)

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『生命保険の不都合な真実』

生命保険の不都合な真実

著者/柴田秀並
出版社/光文社新書(本体860円+税)

日本の生命保険加入率は8割超。世界で米国に次ぐ保険大国であることはよく知られている。しかも、保険料控除という優遇措置は、政府が保険商品の販売を全面的にバックアップしていることを意味している。恩恵を享受している生命保険会社は、果たしてそれに値するビジネスを展開しているのか。このことを厳しく問いただしているのが、本書である。

大手生保や銀行が為替リスクを顧客に転嫁し、元本割れリスクの説明もおざなりに売りまくる外貨建て保険。その販売を支える生保と銀行の歪な関係がなぜ続いているのか。中小企業経営者を「節税」という餌で釣る、名ばかりの保険商品を巡る金融庁や国税庁を巻き込んだ狂騒曲。極め付けは、現在も収拾に至っていない全国2万4千局の郵便局ネットワークの信頼を根底から崩壊させつつあるかんぽ生命の不正販売問題の闇だ。

著者は朝日新聞の30代若手経済記者。担当だった生保業界の実態に切り込んだ。類書にありがちな騙された顧客サイドに一方的に立った告発本ではない。もちろん、生保の「被害者」の声は盛り込まれている。しかし、決してそれだけではなく、生保を取り巻く経営環境の過去と現在、金融政策と経営戦略、経営陣と営業現場などを複眼的な見方で切り取り、問題の所在を掘り起こしていく。

そこで見えてくるものは、金融ビジネスにおいて「正しく稼ぐ」ことが如何に難しいかということだ。金融庁の森信親・前長官が「フィデューシャリー・デューティー」という言葉で「顧客本位の業務運営」を金融機関に求めたのが2016年。それから4年が経過し、生保はもとより、金融機関の経営陣は御上の顔色を伺って従順を装い、記者会見では「お客様第一主義」という耳障りのいい言葉を強調する。確かに改革の方向性は徐々に根付いてきているようにも見える。だが、実態はどうなのか。現実の取り組みとしてはなかなか結実していないからくりが、本書からは浮かび上がる。

経済記者には、買収や合併、トップ人事を他社に先駆けて書くというスクープの世界がある。ネタを取るために、担当業界の経営サイドにおもねる記者になりがちだ。本書はそれとは真逆の経済記者のあるべき姿を示した。記者の果たすべき役割に真摯に向き合い、担当業界の抱える課題や問題をあぶり出し、世に問うという地道な作業を突き詰めている。

ネタのために飼い慣らされた犬を演じているつもりが、いつの間にかただの忠犬ポチ公に成り下がっていやしないだろうか。その危険性に著者は気付いたに違いない。

著者プロフィール

布施太郎

ダイヤモンド編集部副編集長

   

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