「SPAC上場」はや断末魔

本誌は当初から警鐘を鳴らしてきたが米市場で早くも馬脚。しかし日本は前のめりの愚。

2022年8月号 BUSINESS

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「第2のテスラ」と呼ばれたルシッド・グループの先行きも怪しい

Photo:AFP=Jiji

「残念ながら障害が多すぎて私たちに与えられた時間では対処できなかった」

6月12日、米電気自動車(EV)メーカー、エレクトリック・ラスト・マイル・ソリューションズ(ELMS)のシャウナ・マッキンタイヤー暫定最高経営責任者(CEO)は無念さをにじませた。ELMSは同日、米連邦破産法7条の適用を申請し、経営破綻した。

「禁じ手」に手を染める

米ゼネラル・モーターズ(GM)で幹部を務めたジェームズ・テーラー前CEOがELMSを設立したのは2020年のことだ。早くも21年6月下旬には米ナスダック市場に上場し、テーラー氏は「これで事業に必要なすべてのピースが揃い、商用EV市場に一番乗りする」と意気込んでいた。それから1年足らずで事態は暗転し、会社清算の憂き目に遭うこととなった。

きっかけは21年11月にELMSの取締役会が独立委員会を設立し、幹部の株取引について調査を始めたことだった。上場直前にテーラー氏らが自社株を割安な価格で不正に入手したことが発覚。同氏らは2月に辞任に追い込まれ、米証券取引委員会(SEC)も調査に乗り出した。さらに過去の不正会計が発覚し、事業継続に必要な資金を調達できなくなった。

なぜ、気鋭のEVメーカーでこうした不正が起きたのか。背景を探ると、ある事実に行き当たる。特別買収目的会社(SPAC)との合併だ。事業実態を持たない「空箱」を設立して新規株式公開(IPO)させ、スタートアップ企業と合併させる手法は20年から米国で盛り上がりを見せる。通常のIPOよりも手続きが簡便なことからスタートアップが飛びついた経緯がある。

米調査会社のSPACリサーチによると、20年のSPACのIPOは前の年の4.2倍にあたる248社に増え、さらに21年には600社を上回った。調達金額も急増し、21年に1625億ドル(約22兆1千億円)に達している。なかでもこのテクニックを最大限に活用したのがELMSのような設立から間もない米国の新興EVメーカーだった。

20年6月にニコラがSPACとの合併で上場したのを皮切りに、21年もELMSなどがこの手法を活用した。ただ、当初から手続きが簡便であるために不正が横行するリスクが指摘され、「裏口上場」との呼び方があったのも事実だ。実際、ELMSの経営破綻により懸念は現実のものとなり、複数の「SPAC上場組」がSECの調査を受ける異常事態となっている。

「新たな技術を活用した製品の生産規模を引き上げることの困難さが十分に理解されていない」。こう苦言を呈するのはEVで先行した米テスラのイーロン・マスクCEOだ。同氏が「量産地獄」と呼ぶ、量産に伴う障害を軽視したことも影を落としている。さらに半導体などのサプライチェーン(供給網)の混乱が追い打ちをかけ、発売時期の延期が相次いだ。

量産や発売の遅れにより経費が先行する状態が長引いているが、減り続けるキャッシュを補填するための選択肢は狭まりつつある。各国の中央銀行がインフレ対策として金利を引き上げるなか、高バリュエーションを謳歌してきたハイテク企業の株価は下落した。足元が脆弱なうちに株式市場にデビューしたSPAC上場組は進退窮まりつつあるのが実情だ。

株式市場も窮状を見透かしている。高級EVを手がけ「第2のテスラ」との呼び声が高かったルシッド・グループの株価は年初から現在(7月8日時点)までに51%も下落し、ニコラやフィスカーも軒並み50%近い下落率となっている。この期間のナスダック平均株価の下落率が30%弱であることと比較すると、市場がSPAC上場組にいかに厳しい眼差しを向けているかがよく分かる。

逆風が強まるなか、「禁じ手」とされてきた手法に手を染めるメーカーも登場している。その代表格が17年に独BMWの元幹部らが設立し、米国で人気が高いピックアップトラック型のEVの量産を目指してきたカヌーだ。21年にはテスラ車に搭載する電池の生産を担ってきたパナソニックと供給契約を結ぶなど、日本勢との関係も話題に上ったことがある。

このカヌーが耳慣れない手法で2億5千万ドルの資金を調達すると明らかになったのは5月のこと。米メディアなどによると、「エクイティ・ラインズ・オブ・クレジット」と呼ぶ手法を使い、米ヘッジファンドのヨークビル・アドバイザーズに市場価格を2.5%下回る水準で普通株式を割り当てるという。

禁じ手と呼ばれるのには理由がある。株価が下落している局面でこの手法を使うと希薄化が大幅に進む可能性が高く、経営陣の支配力も低下する。あるベンチャーキャピタル(VC)の幹部は「最後の手段。今後、さらに悪い条件での資金調達を余儀なくされる可能性が高く、蟻地獄に足を踏み入れるようなものだ」と顔をしかめる。

カヌーはここまでしても一息ついたといえる状況からは程遠い。5月下旬にはSECに提出した文書で、「当社経営陣は当社のゴーイングコンサーン(継続事業体)としての能力を評価する分析を実施し、重要な疑義があることを認識した」と説明している。ニコラも相前後して同様の資金調達に踏み切っており、断末魔との様相を呈してきた。

周回遅れで間が悪い

各社の苦境を背景にSPACそのものへの期待も急速に冷めているのが実情だ。前出のSPACリサーチによると、2年連続で大幅に増加したSPACのIPOは22年、70社(7月8日時点)へと急減している。EVメーカーで不正が相次いだことを機にSECが規制強化に動いていることもあり、SPACは過剰流動性時代のあだ花との見方が広がっている。

だが、そんなことは我関せずとばかりにSPACに熱視線を注ぐのが日本だ。「新しい資本主義」を掲げる岸田政権はスタートアップ振興を柱に据える腹積もりで、SPAC解禁に前向きな姿勢を示してきた。4月に開いた「新しい資本主義実現会議」には、米国に加えて欧州主要国や香港の証券取引所がSPACの上場を認めていることを説明する資料を用意して臨んだ。

さらに、SPACを取り巻く環境は一段と悪化していたにもかかわらず、6月7日の会議で示した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)」では「検討を進める」と明記している。冒頭のELMSが経営破綻したのはこのわずか5日後のことだ。周回遅れなうえに何たる間の悪さであることか。こう感じているのは筆者だけではないはずだ。

   

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