『オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社』
2012年7月号
連載 [BOOK Review]
by 久保利英明(弁護士)
2001年に米エネルギー大手エンロンで起きた一大粉飾スキャンダルに、日本は何も学ばなかったのだな、ということが本書を一読すると理解できる。
米国は事件を機に会社の仕組みを見直し、コーポレート・ガバナンスを強化した。欧州も様々な企業の不正会計が表面化し、ガバナンス強化へと動いた。だが日本は、エンロンがなぜ失敗したのかという「精神」を学ぶことなく、J-SOX(日本版SOX法)のようなマニュアルに矮小化してしまった。
大手会計事務所アーサー・アンダーセンが解散に追い込まれたことばかりに目が行ったが、会計監査はあくまでも脇役。本来はどう企業経営者の暴走を防ぐのかを考えるべきだった。
オリンパス事件はそんな日本にとってのエンロン事件であった。スクープしたFACTAがまとめた本書は、企業にはびこる「ウチ意識」を軸に、オリンパス一社に留まらない日本の企業社会全体の病巣を解き明かす。
「ウチ意識」によって20年以上も隠し続けられてきたオリンパスの巨額損失がようやく暴かれたことは、日本の企業社会も変わりつつある兆しかもしれない。本書が指摘する「最終兵器」、ホイッスル・ブロワーと呼ばれる内部告発者が、着実に「ウチ意識」に凝り固まった日本企業を揺さぶっている。もはやそう簡単に「悪い秘密」は守りきれない。
事件解明を迫って社長を解任されたマイケル・ウッドフォード氏に私も直接会って話したが「家族に対してみっともない事はしたくない」と話していたのが印象的だった。損失隠しの共犯の汚名を着せられてはたまらない、というわけだ。
会社組織より自分の矜持を大切にする考え方は、外国人や女性に顕著だと思う。要職に就く外国人や女性が増えれば、不正を隠し続けることなどできなくなる。「ウチ意識」を壊すにはダイバーシティ(多様性)を経営に持ち込むしかないのだ。
いま法制審議会で進んでいるガバナンス強化のための会社法見直しの焦点は社外取締役の義務付けだが、経団連などが強硬に反対している。だが、ウチの論理を壊すには異質な人を入れることが不可欠だ。「どうして」「なぜ」と素直に疑問を口にできる「ソトの人」が必要なのだ。
社外取締役にふさわしい人材がいないという声もあるが、そんなことはない。1人が3社の社外取締役を兼務するとして上場3千社なら1千人でいい。日本に社外取締役が務まる人材が1千人もいないとしたら、この国自体がもつまい。人材がいないというのは異質な人を排除する、タメにする理屈にほかならない。本書が日本のコーポレート・ガバナンスを根本から立て直す契機になると信じたい。